無名 空腹のフェラチオ


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 *第3話より

     †

 皆、騒然としていた。
 それまで子供と笑い合っていた姿があってか、焚き火の放つ橙色が夜闇を染め上げた周りで、食事支度をしていた女達は、どこか微笑ましく無名と子供達を見守っていた。その暖かさに冷や水をかけるような、血が欲しいという言葉は、その場にいた全ての者を戦慄に導いていた。
「カバネリ。半分はカバネだからね」
 誰もが言葉を失って、やはり本当は人でなく怪物だったものを見る眼差しで、恐怖という名の沈黙が張り詰めていた。

「だったら、オジサンが協力しようじゃないか」

 そこに現れた一人の中年にも、信じられないものを見る目が突き刺さり、以前として緊張に満たされた空気は変わらない。
「あ、あなた! 何を言っているの!」
 一人の主婦が声を荒げるのを皮切りに――。
「そうよ! 殺されるわよ!」
「やめておきなさい!」
 口々に賛同の声が飛び交い、皆一丸となって中年の正気でない申し出を止めようとした。
「まあまあ、冷静に考えてみなさいよ。少しばかり体液を出したといっても、別に死ぬことはないでしょう?」
 死にたくなければ早まるなという思いの面々に対して、あまりにも軽く考えていそうな中年の愉快な顔。
「知っていますか? 諸外国のある医者は、精液とは血を濃縮したものと同等だと言った。何も血である必要すらありはしない。まあ、最後の一滴まで吸い尽くすつもりなら、また話は別なんですがねぇ?」
 中年の視線はチラりと無名を向く。
「殺さないよ。あなたが敵でなければね」
「はっはっはっは。だったらオジサンは提供者。むしろ味方だ。どうやら殺される心配はありませんなぁ?」
 女達は押し黙るが、これから中年は死ぬのではないかという、どこか深い恐怖を帯びた不安の空気は、一層重みを増して流れている。
 いや、それだけではない。
 精液と聞けば、そして中年の卑猥な顔つきを見れば、その目論見には誰もが気づく。人間ではない存在を対象に、それも年端もいかない少女に欲望をぶつけようなど、この中年もまた恐るべきもののように見られていた。
「本当なの? 精液の話」
「ああ、オジサン嘘はつかないよ? 血なんか飲むよりずっといい」
「ふーん? なら、飲まなくはないけど」
「決まりだね。さあ、オジサンについておいで」
 中年が馴れ馴れしく肩に手を置くと、無名は反射的に手の甲の皮膚に爪を食い込ませ、汗ばんだ手を引き剥がした。
「気安く触らないで」
「イタタタタタタ! わかった! オジサンが悪かったから!」
 悲鳴を上げて謝る中年の姿に、無名は冷たい眼差しで手を放す。
「お腹空いた。早くお願い」
「うん。わかった。向こうへ行こうか」
 かくして、二人は夜の闇へと紛れていく。
 女達はただ、二つの背中を静かに見送るだけだった。

     ***

 中年は木に背中を預け、今のうちから興奮しながら、ズボンの中身を取り出している。そそり立つ肉棒を見るなり、無名は少しだけ顔色を変え、すぐにあどけない無表情に立ち戻った。
「で、どうすんの?」
「オジサンのこれをね。口に咥えて舐めて欲しいんだ」
「そうしたら、精液がビューって出るの?」
「そうだよ? くれぐれも噛んではいけないよ?」
 地面に膝をついた無名は、一物に口を触れることの抵抗感と戦いながら、それでも空腹を満たすために唇を接近させていく。
 むわっと、臭気が無名の鼻腔を襲った。
「オジサン臭い……」
 そう言って顔をしかめる。
「まあま、そう言わないで。お腹が空いているんでしょう?」
 そう、食事をきちんとしなければ……。
 切実な問題と、肉棒を咥えることと、それぞれ天秤にかけた結果として、無名は丸い唇の輪を開き、亀頭を奥まで頬張った。
「おおおおおおっ!」
 中年は感激に震える。
 幼い口の大きさは、顎を大きく開いていなければ、肉棒を含んでいられない。限界まで伸びきった唇のリングは竿に巻きつき、唾液を纏った舌も裏筋に密着している。

 ぬにゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――。

 技巧も何もなく、無名の頭は後ろへ引く。亀頭と肉棒の境の段差につまずいて、一瞬止まる唇は、そのまま鈴口とキスをした状態になるよう運ばれる。そこから顔が前へと押し出され、亀頭が喉奥にぶつかりかける位置まで来ると、また口付けになる位置まで後退した。

 ふにゅぅぅぅぅぅ――はむぅぅぅぅぅぅ――――。

 肉棒は口腔粘膜にまぶされて、前後運動につられて唾液の泡が潰れる音が鳴る。
「れるっ、じゅむっ、ちゅるっ、じゅぅ――――」
 ヨダレが増えるごとに滑りは増し、あまり上品でない水音も目立ち始める。舌が左右に小刻みに鳴動すると、横揺れのような刺激を受けた肉棒は、先端からカウパーを滲ませた。
「ふー……ふー……」
 ほとんど鼻息しかできない無名の呼吸が、唇から外側にある肉竿の部分にあたり、皮の皮膚が熱く疼く。

 ――早く飲みたい。

 そろそろ腹の虫も鳴きそうなひもじさが、無名にそんな欲しがる瞳をさせていた。
「もうちょっとで出してあげられるからね?」
「――ん゛っ! んぷっ、うぅっ、じゅむぅぅぅ」
 口腔の生温かさを覆い被せた肉棒は、徐々に射精感を高めていき、その予兆のように皮から血管を浮き上げている。ピクピクと脈打っている。
 そして――。

 ――ドクゥゥゥゥ! ドクッ、ビュクン!

 中年の吐き出す白濁は、無名の口内に飛び散って、舌の生え根で白い水溜りのようになる。ゴクンと喉音を鳴らして飲み込んで、それは無名の腹へと収まった。
 無名の唇と亀頭のあいだに、精液と唾液の混ざった糸が引く。
「全然駄目」
 無名は一言告げた。
「ん?」
「美味しくない。おなかいっぱいにもなりそうにない」
「ああ、それはもっとたくさん飲めば――」

「オジサン。騙したね?」

 無名はそして、刃を引き抜き――。

 ………
 ……
 …

 その日、甲鉄城には一人の怪我人がいた。深い切り傷から多量の血を失って、眩暈のように頭をフラつかせる村人は、あと数日以上は動けない。





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