フォトの診察と盗撮


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 オレの名前はソウ。モトラドだ。
 小型車のトランクに積んで持ち運べるように設計された、ちょっと特殊なモトラドだ。もともと車体が小さいが、ハンドルやシートを折り畳むと、さらにコンパクトになる。まあ、速度は出ないけどな。
 オレの乗り主の名はフォト。性別は女。年齢は十七。黒い髪は背中まで長い。
 どうも風邪でも引いたらしい。フォトは今朝から、くしゅんと可愛いくしゃみを連発して、熱っぽいだるそうな表情を浮かべている。今日は寝ていた方がいいと思うのだが、そうオレが告げれば、仕事をサボるわけにはいかないと言い出すもんで、説得するのも一苦労だ。
 無理は禁物だ。無理をしたせいで体力が低下して、病気が長引いたり悪化すれば、仕事のパフォーマンスが落ちて、いい写真なんて撮れなくなっていくに決まっている。
 そんなことは考えるまでもないんだが、フォトのなかでは本当にサボりは悪ってものらしい。
 病人の無理がいかに危険で、仕事の効率が落ちたり、元も子もなくなることなのか。言葉を尽くして説明して、やっとわかってもらったことで、オレは病院へと出かけるフォトの背中を見送った。どうして医者に行かせるだけで、オレがこんなに疲れなければいけないのか。
 つっても、所詮は風邪だ。
 薬を飲んで一日寝れば、まあすぐに治るだろう。


 俺は旅人だ。決まった名前はない。
 ジョンだったり、マイケルだったり、ジョージだったり、気分によって色々名乗る。
 俺は色んな国を渡り歩いたが、なかにはパソコンや動画技術の発達したところもあった。ビデオカメラやデータ記録媒体の存在について知ったとき、一つの商売が頭をよぎり、俺はそれまで貯めた金を投資ってものに注ぎ込んだのだ。
 アダルト動画ってやつだ。
 女の映像を記録して、動画技術のある国へ行くたびに、焼き込んだデータを売り捌く。
 あまり旅先の運に賭けすぎると、科学技術のない国なんてザラにある。そんな国では動画なんぞに価値はないから、なるべく売れる国に通い詰めることになる。やがて俺は動画専門の旅商人のようになっていた。
 いつしか、俺はアダルトビデオの意を汲んで、AV売りの男と呼ばれるようになっていた。
 そして、今回の国では病院に目をつけた。
 そう、盗撮だ。
 医者に大金を渡して、撮影を頼んで女を撮る。マニアックな需要を狙って、診察のために服を脱ぐ女を映像に収めたい。
 協力者を増やすのは、神経を使うし勇気がいる。
 おたくの病院にうちのカメラを置かせて下さい。盗撮をさせて下さいなんて、まともな医師ならまず引き受けることはないだろうし、その場で通報される恐れもある。悪い話に乗ってくれるかどうかの見極めは大切だ。
 結論から言うと、いけると踏んだ。
 まずは何度か診察を受ける名目で医者に会い、旅先で変な病気にでもかかっていないか、検査をしてもらいつつ、なるべく世間話めいたものを振って観察する。結果として金が手に入るのなら何でもやる。悪くてセコい医者になる素質があるとわかったのだ。
 話を持ちかけると、医師はもちろん驚いたが、協力費として大金を見せびらかすと、目の色を変えてきた。
 これで交渉成立だ。
 あとは動画を手に入れて、編集して、売れる形にして売るだけだ。


 私はこの国の医師だ。金には目がない。
 大金を落としてくれる金持ちの病人には、なるべく長く入院して欲しいし、金にならない患者は切り捨てたい。まあ、そんな腹黒い考えが知れ渡れば、一応客商売である病院の評判にも響くわけだし、たまに思い出したように貧乏人の味方をしたり、他所の病院にでも客を取られないための工夫は欠かさない。
 そんな私の元に面白い話が来た。
 この病院にカメラを仕掛け、盗撮した映像を販売する。その協力費用として、私に大金を約束するという。
 迷いはあった。もしバレれば評判はガタ落ちだ。
 けれど、その旅人はプロの観点からカメラの仕掛け場所について詳しく語り、小型やペン型など色んな種類のカメラがあることも教えてくれた。バレにくいものを複数仕掛け、あらゆるアングルから撮影すれば、良い編集が出来て売れる作品になると力説した。
 私自身、スリルを楽しみたい気持ちがある。
 女の裸だなんて、医者をやっていれば見る機会はいくらでもある。そのたびに興奮して、いやらしい気持ちになっていたら仕事にならない。医療の現場にはそういう気持ちを持ち込まないのがプロの医師だが、どうしてもカメラは持ち込んでみたくなったのだ。
 実に口の上手い奴だった。
 悪いことに興味があり、犯罪めいたことをしてみたい。そんな心の素質を見抜き、悪魔のように忍び寄っては、興味を掻き立てる言葉の数々を囁いて、上手いこと私を乗せてしまった。


 僕はAVマニアだ。アダルト動画には目がない。
 パソコンや動画技術の発達しているこの国に生まれ、初めてその旅人と出会ってから、僕は何度もAVを見た。AVにはまった。今度のAVは医療羞恥というジャンルで、実際に病院にカメラを仕掛け、本物の映像を撮ってきたのだと豪語していた。
 しかし、僕に言わせればこれはヤラセだ。
「フォトさん。どうぞー」
 パソコンを起動して、いざ動画を再生してみれば、白衣の医師がさっそくフォトと呼ばれる少女を招き入れ、風邪を引いたのだと打ち明ける。
 ここまでは普通だ。
 昨日は何を食べたとか、何時に寝た、熱はあったのか。問診で色々なことを聞き出すシーンは、僕が風邪を引いた時の対応と変わらない。つまり、実際に有り得ることだとわかる。ペンライトで口を照らして、喉の腫れを確かめる方法も、僕は体験したことがあった。
 ところが、次の瞬間だ。
「では聴診を行いますので、上半身は裸になって下さい」
 馬鹿な。裸だと?
 聴診なんて下着の上からでも出来ると聞いたことがある。僕の友達だったか誰だったか、どこかでそう聞いたことがあるから間違いない。
「え、脱ぐんですか?」
「はい。その方が正確に音を聞けますから」
 こんなことで騙される女がいるものだろうか。
「そうですよね。わかりました」
 おかしい。さすがにおかしいぞ。
 まあ、アングルは悪くない。
 シャツを掴んでたくし上げ、脱いでいく姿がありありと映っているのは見応えありで、顔の赤みが恥ずかしさのせいなのか、風邪の熱で染まっているのか、微妙にわかりにくいあたりも演技が細かい。
 だが、僕は思う。
 このフォトという少女は、十中八九AV女優だ。
 きっと、お金を出して雇った女を使っているのだ。
 何人も何人も、口説いて寝たり、見つけた女をレイプしたり、本物の映像を集めることには限界がある。病院だって盗撮カメラの設置を受け入れるわけがないだろう。しかし、合意済みの女性を用意して、撮影のためだといって場所だけを借りるなら、本物の診察映像を撮るよりも現実的だ。
 医者自身が出演して、いつもっぽく対応すれば、よりリアリティは増すだろう。
 そうでなければ……。
 ああ、ブラジャーまで外している!
 両腕を背中に回してホックを外し、緩んだ胸元からブラジャーがどかされると、瑞々しい乳房が画面中央に君臨する。
 僕は右手でアレを握りながら、食い入るようにおっぱいを見つめた。
 女優は可愛い。素直でいじらしくて、ひょっとして未成年か。
 医者とはいえ、おっぱいを出すだなんて恥ずかしいだろうに、せっかく病気を診てくれるんだから、我慢しなくちゃ! とでも思っていそうな、健気な表情が朱色に染まる。聴診器がぴたりと当たると、胸に男の指が近づくから、ちょっとだけ気にする素振りを見せて、嫌がったり文句を言ったら失礼だから我慢する。細かい演技がなっている。
 なんて演技力だ! 本当に女優を雇ったのか?
 フォトといったが、彼女の国にも映像撮影の技術があって、映画で主演をやったり、アイドル活動をしている女の子なのかもしれない。それくらい顔は可愛いし、演技力もあって、こんな優れた逸材をAVに使うだなんて、なんてイケナイことなんだ。
「背中を向けて下さい」
「はい」
 ああ、確かに実際の病院でも、背中側も聴診する。
 どうせヤラセのクセに、どうでもいいところで細かいな。深呼吸の指示までして、心臓や肺の音について、診断書にペンを走らせる。妙に医者がそれっぽいのは、きっと医師らしい振る舞いの演技にまで拘ったか、本物の医者をAVに雇うことに成功したかのどちらかだ。
「ところで、病院に来たことはあまりないって言いましたね」
 ああ、さっきの問診では初診だとか言っていたな。
 どうでもいいけど。
「はい。初めてです」
「だったら、うちの病院では初診の患者さんのデータを詳しく取りたい。今回は風邪ということだけど、また別の病気にかかったときなんかに役に立つからね」
「わかりました。どうすればいいんですか?」
「ズボンを脱いで下さい」
「ズボン……! わ、わかりました!」
 おい、脱ぐのかよ!
 脱いでと言われた途端に表情を変えて、まさに「え? どうして?」「そんな必要あるんですか?」と、疑問のありそうな顔を少しはしたくせに、一瞬だけ浮かんだ顔つきなんて、まるで嘘だったみたいに、素直で大きな返事までして、さっそくベルトを外し始める。
 ジーパンを脱ぐシーンは複数のアングルから取られていた。
 まずは壁の高い位置にカメラを仕掛け、斜め上から見下ろすような構図で、腰をくの字にして脱ぐ。
 脱ぎ終わったと思えば、脱ぐ直前に戻って別アングルだ。
 立派な編集センスというわけだろう。
 次のアングルでは正面から、ジーパンのチャックが下りることにより、ショーツのクロッチ部分が見えてくる。
 また次のアングルは後ろからで、ズボン類を脱ぐ際の動きでは、腰がくの字になるわけだから、画面に向かってお尻が迫る。アップになると迫力のあるジーパン尻から、ずるりとジーパンが下がってショーツ尻へと変化する。
 そして、ショーツ一枚だけの女優がそこにはいた。
 心もとない格好にさせられて、困ったような恥ずかしそうな顔をして、腕で胸を隠すようで隠さない。恥ずかしいから隠したいけど、診察の妨げになっては迷惑かな、なんていう気持ちまでもが、そのちょっとした仕草から見え隠れする。
 文句無しの名演技だね。
 まあ、ちょっと過剰すぎる部分もあるけど。おっぱいは形が可愛いし、スタイルも良くて脚のラインも整っている。
「じゃあ座って?」
「はい」
 脱がせておいて座らせるのか。
「えーっと、自慰行為の経験は?」
「自慰行為って、なんでしょうか」
 おいおい、フォトさん。いくらなんでもあざといよ。自慰行為を知らない年頃の女の子がいるものかね。
「つまり、オナニー。マスターベーション。自分で自分のアソコを触って、性的に気持ちよくなるということだが」
 医師も馬鹿真面目に解説する。
「……あ、あります」
 ものすごーく小さな声で、今まで以上に顔を赤くして女優は答えた。
「ある? なるほどねぇ」
 そして、医師は真面目な顔で診断用紙にそれを書き込む。
 婦人科で性交経験の有無を知らせる必要があるっていうのは、どこだったかの知識で知っているけど、オナニー経験だって? 馬鹿じゃないのか。必要なわけないだろう。全くヤラセも甚だしい。
 オナニーだけでも馬鹿馬鹿しいのに、やれ初潮だの、陰毛の生え始めた時期だの、胸が大きくなり始めた時期まで尋ねて、もう何が何だかわからない。僕に知識がないだけで、そういう情報も本当は必要なのか?
 だけどフォトは評価するね。
 オナニーという言葉さえ知らずに、純粋無垢で素直な子という演技をやり抜き、恥じらうべきところでは、いちいち恥ずかしそうな仕草をしたり、顔の赤みが変化したり、俯く頭の角度を変えていたり、本当の本当に細かい。
 だから、初潮の年齢を答えるのも、胸の膨らみや陰毛の時期を答えるのも、どれもこれもがいちいち可愛い。
 人が演技のために涙を流せることは知っているが、もしかして一流は、自分の赤面具合でさえもコントロールできるのか?
 何よりも凄いのは、このフォトという少女は、この意味不明な医師の言葉を全て頭から信じきっているに違いないと、思わず錯覚させてしまう部分にある。
 だって、さすがにおかしいじゃないか。
 問診なんて最初に済ませるべきだし、脱がせてからやる理由がない。わざわざショーツ一枚にさせてから、裸で恥ずかしい受け答えをさせるだなんで、羞恥を煽るための演出意図はわかるのだが、本物の診察映像を謡う割にはリアリティに欠けている。
 ま、リアルすぎたらやることが少ないだろうし、仕方ないっちゃ仕方ないか。


 フォトは思った。自分は試されているのだ。
 病気を見つけるのはとても大変なことで、立派なお医者さんでなければ難しい。そのお医者さんですら、本当に完璧なわけではない。だからデータは必要だし、早く病気を治したければ脱ぐしかなかった。
 上半身裸と言われたときは、恥ずかしくて嫌だなと思ったが、ここで言うことを聞けないようでは、きっと診察を受ける資格はない。
 フォトは恥ずかしさを我慢して、上半身裸になった。
 ジーパンを脱げと言われたときも、恥ずかしくて嫌だと思ったが、ここで言うことを聞けないようでは、お医者さんを困らせてしまう。
 フォトは恥ずかしさを我慢して、ショーツ一枚だけの格好になった。
 嘘をつくのは悪いことだ。だからオナニーをしたことも、初潮も陰毛の時期も、聞かれたことには全て答えた。
「身長を測りたいと思います。そこで背筋を伸ばして両足も揃えて下さいね」
 身長計に乗ると、お腹の上に手を浮かれた。
 セクハラだろうかと、ほんの少しだけ思ったが、フォトは自分の考えを振り払った。
 人を疑うのは悪だ。自分で病院にやって来て、せっかく体を診てもらっているのに、そんな気持ちを抱くのは失礼なことだ。セクハラだと思ってはいけない。疑ってはいけない。きっと正確に測りたいから、手で押さえてくれているだけなのだ。
 フォトはきちんと両手を下ろし、背筋を伸ばし、両足を揃えて顎を引く。
 お腹に置かれた医師の手が、だんだん乳房に近づいて、微妙に下から持ち上げても、フォトは絶対に気にしなかった。
「体重を測るから、体重計に乗って下さいね」
「わかりました」
 すると、尻に手を置かれた。
 挨拶をしたり、誰かを励ましたり、声をかけるとき、相手の肩をポンと叩くことがある。それと同じだ。微妙に指に力が入り、揉むように動いたり、撫で回しても、フォトは絶対に気にしなかった。
「触診するから、もう一度座って下さいね」
 胸を揉まれても、フォトは医師を信じ続けた。
 丹念に指を動かして、乳首への刺激が行われても、指先で乳輪をぐるぐるとなぞったり、摘むようなことをされても、フォトはそれをおかしいことだとは思わない。きちんと我慢しなければ相手に悪いということばかりを考えていた。
 けれども、さすがに辛かった。
「アソコを見るから、横になって下さいね」
 診察台で仰向けになり、脚をM字のように開く姿勢だなんて恥ずかしい。
 けれど、きっと必要なことなのだ。
 フォトは医師の言葉を信じて、くぱっと中身が開かれてしまうことにも、サーモンピンクの肉ヒダをまじまじと観察されてしまうことにも、一生懸命耐えていた。
 
 
 俺が動画編集の際に迷ったことは色々ある。
 どのアングルからのシーンを、何分何秒ほど収録するか。それとも画面を分割して、二箇所同時に加えてみるか。迷いに迷って編集を進めていた。
 座薬を挿入する部分もそうだ。
 俺のパソコン画面には、お尻がでかでかと丸映しとなっている。
 当然、フォトの尻だ。
 四つん這いの体勢で腰を高く掲げれば、割れ目の中身も見えるから、画面中央にはちょうど放射状の皺の集まりが映っている。薄っすらとしたチョコレート色のヒクつきへと、医療用のビニール手袋を嵌めた指が近づき、そこへ座薬を挿入する。
 突き立てて、指でねじ込み、指の腹が肛門をぐにっと押すまでなると、医師はそのままマッサージでも施すように肛門を弄り倒す。
 この肛門に薬が入り込むシーンは必須だが、となると表情も必須だろうか。
 複数のカメラを仕掛けたわけだから、四つん這いの顔の部分の動画もある。そこには真っ赤に染まり上がった顔があり、この世で最も恥ずかしそうにしている勢いの表情が、実によく撮れていてたまらない。
 いい、実にいい。
 やはり、ここは収録するべきか。
 だとしたら、他のシーンは――
 
 
「ただいまー」
 フォトは病院から帰ってきた。
「おう。おかえり、どうだった」
「お薬を入れてもらって……」
 妙だな。家を出たときよりも、さらに顔が真っ赤じゃないか。
「入れてもらった?」
「な、なんでもないよ! ものすごーく熱心に調べてくれて、いいお医者さんだったと思う!」
「……そうか」
 そんなに声を荒げるからには、よっぽど良い医者だったんだろうが、どこか必死に言い訳をしているような慌てっぷりが気にかかる。
「とにかく、治ると思うから!」
「ちゃんと布団かけて寝ろよ? 悪化させるな?」
「わかってるって、じゃあ寝るから!」
 フォトは逃げるような小走りで、部屋の奥まで行ってしまった。
 一体どうした。
 様子がおかしいことは間違いないが、病院で何かあったか? あったとしたら、一体何があるっていうんだ?
 しかし、翌朝になるとフォトは元気を取り戻した。
 きちんと熱を計らせたが、元が風邪だし、病院まで行って長引く理由もない。
 おかげで仕事も再開できるんだから、まあ良かったってことにしておこう。
 結局、様子がおかしかった理由を知る機会なんて、オレにはなかった。




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