痴漢に遭う雪乃


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 神の悪夢と戦うために設立される<騎士団>だが、実のところ<騎士>が一人もいない<ロッジ>は珍しくない。<ロッジ>のあいだで、<騎士>の貸し借りといったことはたびたびあり、先日あった応援要請で時槻雪乃は獲物の元へ向かっていた。
 獲物だ。悪夢を喰らう怪物として、狩猟者の狩場へ向かう道のりの中だった。
 時槻雪乃は苛立ちまぎれに顔を顰めた。

 ――さわっ、

 満員電車の混雑にかこつけて、雪乃の尻にはべったりと、手の平が置かれていた。
「……」
 世の中には痴漢冤罪のニュースがあり、いざ掴んだ手首が別人のものだったと、そんなエピソードをテレビだったか何だったかで、どこかしらで聞いたことがある。自分から痴漢をしておいて逆ギレをするような、面倒極まりない人種がいることもあるだろう。
 痴漢の摘発というものに対して雪乃は、かえってトラブルや面倒を大きくする可能性を感じていた。
 別に痴漢は痴漢だ。いくらでも捕まればいい。同情の余地はない。
「…………」
 しかし、それでも雪乃は黙っていた。
 何となく萎縮したり、怖くて声を上げられない気持ちがわからないとは言わないが、雪乃が黙っているのは決してそんな理由からではない。
 こんな下らない瑣末なことに、時間を費やしている暇などないからだ。
 雪乃は、『普通』の幸せを捨てたのだ。
 あるいは失った。雪乃は復讐者だった。ただそのためだけに、雪乃は生きていた。
 人生を賭けても狩りつくしたい獲物を捕りに行こうというのに、たかが痴漢に構って、駅員に突き出すなり警察を呼ぶなりで、時間を浪費するものか。
 尻など勝手に触っていればいい。
 痴漢など、存在ごと空気として扱うまでだ。

 さわっ、さわっ、さわっ、さわっ、さわっ……。

 雪乃が抵抗しないとわかった男は、明らかに手を活発にして、大胆なまでにスカート越しの丸みを撫で回していた。
 それでも、痴漢など相手にする価値を認めない。
「…………」
 窓際に立つ雪乃は、別に景色が楽しいわけではないが、じっと外でも眺めていた。どうせ駅に着くまで何もやるべきことはない。痴漢ごときに意識を向けたり、電車内にある面白くもない混雑風景と違って、少なくとも煩わしくはない。
 大きな手の平の感触など、空気のように扱おうとしていた。
 そして雪乃は、出来ればこの痴漢からも、空気のように扱われることを望んでいた。
 学校でもそう。周りのクラスメイトは普通で、日常というぬるま湯に使っている人間だ。雪乃と同じものを何一つ共有していない。付き合う意味はないと、雪乃は思っていた。
 たかだか通行人。電車で乗り合わせる他人など、なおのことどうでもいい。無視をするしないのステージにすら立っていない。正真正銘のただの風景の一部で、自分とは関わりなど持たないもののはずだった。
 今日まで、痴漢に遭った経験はなかった。
「ちっ……!」
 苛立ちが溢れ、口から漏れ、自然と雪乃は舌打ちしていた。
 しかし、それは電車の音と、大学生のはしゃいだ男同士のお喋りと、音楽を聴くOLのイヤホンから微妙に漏れていなくもない流行曲と、あらゆる音によって塗り潰され、ただでさえ小さな舌打ちが痴漢に届くことはなかった。
 だから、続いた。
 煩わしく、不快でたまらない手の動きは、その活発ぶりを緩めないまま揉みしだき、もう二度と味わう機会のないものを永遠に手の平に覚えさせようとばかりに尻肉を捏ねている。興奮した男の荒っぽい息が後ろから聞こえてくる。
「……っ!」
 ついにはスカート丈を持ち上げて、ショーツの上から触り始めた。
 雪乃の下着は黒い。
 ゴシックロリータを意識したデザインは、購入当時に見た広告では、シックなダーク系であることを売りにしていた。豪奢な布の質感が、ふんわりと肌に馴染んでぴたっと張り付き、柄入りのレースが全体を飾っている。
 両サイドを紐でリボン結びにするタイプのため、解きでもすれば脱げてしまう。
 そんなショーツだから、紐に変えてある分だけ、腰の両側の布面積は少しだけ小さい。セクシャルともいえる下着は、雪乃の風貌に似合って溶け込んでいた。
 そして、そうした黒いショーツを痴漢の手が包んでいる。
 よく膨らんだ丸みを盛り上げるかのようにして、脚の付け根との境にある、尻の垂れ目の部分に四指を引っ掛け、プルプルと振動を与えて遊んでいる。
 引っ張り上げ、食い込ませた。
 Tバックのようにギリギリまで肌を晒した雪乃の尻は、さらに痴漢の指に捏ね尽くされ、雪乃の皮膚には嫌というほど痴漢の感触が染みていく。
 もう片方の手が滑り込み、雪乃のクロッチに指を置く。
 ほとんど雪乃は、後ろから抱きつかれ、密着されている状態となり、背中には男の逞しい胸や腹部が当たっている。これが愛する恋人からの抱擁なら、さぞかし癒しの温もりとなるのだろうが、痴漢のおぞましい体温など感じたくもない。
 もしも全ての感覚を遮断して、文字通りに何も感じないことができたなら、雪乃は喜んでそうするだろう。
「く……」
 指にフロントリボンを弄ばれた。
 その指は、恥毛の部位からさらに下へと、割れ目の部分へと移動して、上下になぞる愛撫を始める。生まれて初めて受ける異性からの愛撫が――いや、そもそも雪乃は、憧れの男の子と甘い一時を過ごすような『普通』の夢など捨てていたが、それでも初めての愛撫がこんな形になるなど、何の屈辱も不快感もないはずがない。
 だが、生理的な反応とは無慈悲なものだ。
「ふぅ……っふぅ…………」
 自分自身の荒っぽい吐息を聞いて、雪乃は歯噛みした。
 下らない痴漢などで、何も感じたくはない。ただの空気だ。男などいない。満員だから密着してしまっているだけだ。
 わざわざ気に留め、意識してやる価値すらない。
 雪乃はそう思う。そう思っていたい。
 しかし、密着がために押し当てられるズボン越しの膨らみによって、雪乃の中で痴漢の存在感はますます膨らみ、勃起した硬い熱気に自然と意識は吸い寄せられる。男の汚いものなど頭から振り払い、何も考えまいとする雪乃だが、痴漢はそれを許さない。アソコへの愛撫で頬を火照らせ、自然と太ももを擦り合わせる。
 指で渦でも描きたいようにグルグルと、触れるか触れないかといった微妙なタッチで、布地の表面だけを辛うじて撫でる愛撫が、雪乃の女としてのものをじんわりと引き出す。
「うっ、く……」
 少しずつ、かすかに汗ばんでくるかのように、割れ目は湿り気を帯びていく。ねっとりと糸を引く水分が、ショーツを内側から濡らしていき、布の表面の滑りがよくなるほど、雪乃は愛液を漏らしていた。
 この期に及んでも声を上げず、耐え忍ぶことに徹しているのは、もう次の駅で目的地に到着するからだ。
 ただ、その停車まであと二十分以上はある。
 長くはなるが、我慢が済めば話は済む。
「んっ、んぅ……ふぅ……ふぁぁ……」
 痴漢の男はよほど技巧を身につけているのか。歯でも食い縛っていなければ、もっとそれらしい喘ぎ声が、自分の口から出てしまっている気がしてくる。
 認めたくなかった。
 悪夢と戦う怪物である自分が、気持ちよくて喘ぐことも、たかが痴漢に構って下らない騒ぎを起こすことも考えられない。
 そんな雪乃を追い詰めたいかのように、痴漢の指は性器を貪る。
 割れ目の部分をすりすりと、指の腹でよく撫でて可愛がり、ショーツが帯びる愛液のぬかるみは秒を刻むごとに増していく。
「ふぅ……ふー……ふー……」
 大胆な熱を宿した荒っぽい吐息が、窓ガラスを白く曇らせ、雪乃の腰はモゾモゾ動く。

 ――停止信号です。

 非情なアナウンスによって、停車までの時間は延長された。
 横へ横へと流れ続けた窓の景色は、やがて緩やかに速度を落とし、別にドアが開くわけではない途中駅に入ってゆく。次の電車待ちの人々が、ところどころに列を作っている光景が、やがて雪乃の正面でぴたりと止まった。
 窓の向こう。目の前にいるサラリーマンと大学生は、雪乃のことを気にも留めず、スマートフォンでメールなのかゲームなのかをやっている。
 その時、痴漢の興味は胸に移った。
「……っ!」
 驚く雪乃の乳房には、痴漢の両手が置かれていた。

 もみ、もみ、もみ、もみ、もみ、もみ、もみ……。

 窓向こうの男二人が、少しでも顔を上げれば、痴漢に胸を揉まれる黒セーラー服の少女が映るはず。目撃者を生み出しかねない、犯人にとっては避けたいはずのリスクを平然と踏み、揉みしだいている事実は、それだけ雪乃を動揺させた。
 すぐに痴漢は調子に乗り、セーラー服をたくし上げる。
「あっ…………!」
 一瞬にして、黒いブラジャーが露出してしまった。
 そして、気づかれた。
 ぎょっとなっているサラリーマンと、我が目を疑う表情でまばたきを繰り返す大学生は、人が痴漢被害に遭う姿を見て、憤るでも駅員を呼ぶでもなく、幸運とばかりにニヤついていた。
 ブラジャーのカップが両手に包まれ、形状を撫でて探るかのように揉まれていく。
 そうするうちに、指先がフロントホックを見つけ、ぱちりと外して生の乳房でさえも露出してしまった。
「……っ!」
 衝撃だった。
 こんな公共の場で、胸を丸出しにしてしまっている。糾弾されるべきは痴漢だが、こんなに肌を出してしまっては、もしも周りに気づかれて困るのは、むしろ自分の方だという気にさせられた。

 もみ、もみ、もみ、もみ、もみ、もみ、もみ……。

 生乳が揉まれてしまう。
 初めは無造作に指に強弱をつけ、ただそれだけの揉み方だったが、すぐに指先が乳首をつつき始めていた。
 窓向こうの男二人は、スマートフォンの角度を上げていた。
 それが写真を撮るためだと悟った雪乃は、慌てて腕で隠したがるが、痴漢の腕力によって両腕とも封じられ、雪乃の生乳は撮られるままに映し込まれた。
 もちろん、本当に写真なのかはわからない。
 しかし、レンズの部分を雪乃に向け、その状態でニヤニヤしながら操作して、それから途端に画面をじっくり確認する挙動は、綺麗に撮れたか確かめているようにしか見えなかった。
「うっ、くぅ…………」
 怒りか、悔しさか、それとも屈辱か。
 何の感情が溢れ出し、たまらない気持ちで歯を食い縛っているのか。もう雪乃自身にもわからずに、ただただ再び電車が動くことを望んでいた。
 乳肌を手に覆われ、揉まれ、それを見たサラリーマンも、大学生も、スマートフォンを雪乃に向ける角度のまま画面のタッチ操作を繰り返す。
 やっと、電車が動き出すと、片方の手はアソコに戻り、左手は乳房に残った。
「くっ、ふぅ…………うふぅ…………」
 爪先でかすかに、穏やかにクリトリスを引っ掻く手つきが、雪乃の股で甘い痺れを絶え間なく弾けさせ、その快感に腰がくの字に折れていく。太ももを引き締める力が強まって、唇を噛み締めた表情もあり、いかにも我慢しているそのものの姿といえた。
 これだけ、ずっと快楽に貶められれば、その時が来るのは時間の問題だった。
 言い知れぬ予感が迫り、自分はどうなってしまうのかと、雪乃は急に慌てるが、男の力に逆らえるわけもなく、流れに身を任せる以外に道はなかった。

「――っ!」

 雪乃はイった。
 雷撃が頭の頂点までも貫くような衝撃的な快感に、雪乃は全身をビクンと震わせ、ショーツがなければ盛大な潮吹きだったに違いない量の愛液を漏らし、ぐったりと全身から脱力した。
 前か後ろか、どちらかに体重を預けているしかない。
 痴漢に背中を預けるつもりはなかったが、抱き締めるように重心を奪われ、あえなく男の胸に体重を任せていた。
 電車が泊まる最後まで、雪乃は痴漢の玩具であり続けた。
 ショーツを下げ、膣内に直接指を挿れた愛撫に勝ち目はなく、痴漢の思うままに絶頂まで導かれ、一分もしないうちに二回はイった。
 停車駅へのアナウンスが聞こえて来て、我に返ったように抵抗を始めると、そのときになって初めて痴漢は、雪乃の耳に囁き声を漏らしていた。
「そっか。もうお別れか。残念だなぁ?」
 名残り惜しいと言わんばかりに、膣に出入りする指が活発化した。
「君みたいなエッチな子はなかなかいない。とても楽しかったよ」
 その言葉が、今までの辱めを超え、何よりも雪乃の心を抉った。

 私が? そんなわけがないわ!
 私はこんなことで悦んだりしない!

 必死になって否定したがる雪乃を笑い、嘲るかのようなタイミングで、またしても絶頂の予感が秘所に集まり、激しく弾けて雪乃はイった。
「あうっ! んぅ……!」
「ほら、すごい淫乱の素質だ」
 違う、違う。
 私は違うと、かつてなく賢明になって、自分に言い聞かせている雪乃の前で、窓向こうの速度が緩む。駅構内の景色がゆったりと、しだいに停車へ近づいていく。
 その時だった。
「これは記念に貰っておくよ」
 サイドを紐で縛るタイプがため、引っ張れば簡単に脱がせることの可能なショーツは、あっさりと、愛液をたっぷりと含んだ黒いゴシック調の下着が奪い取られた。
 直後にドアが開き、雪乃は背中を押され、半ば強引に追い出すように降りさせられ、さらに続けて人混みが溢れ出し、もう取り返したくても取り返すだけの暇はない。
 そもそも、痴漢ごときを相手にする価値などないと、そう思って無視を決め込んでいたはずではないか。
「…………」
 雪乃は、ノーパンでこの駅を去った。
 綺麗な割れ目の部分には、まだべったりと愛液のぬかるみが残っており、それだけの水分を帯びた皮膚が風を浴びればひんやりする。
 その冷ややかな涼しさをスカートの内側に感じていながら、顔では何事もないような表情を装って、何事もないように改札口を出ていって、そのまま目的のロッジへ向かう。
 下着を調達する猶予はなく、すぐに悪夢の調査にあたった。
 だから、その日はずっとノーパンだった。
 生まれて初めて、パンツを履かずに戦った。




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