葉耶の接近


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 健全は男子は一人でする。頭の中に想像を浮かべた自慰行為で、一定の頻度で出すべきものを出しているのは、白野蒼衣とて例外ではない。
 部屋で一人、椅子の上でチャックを開け、それを握る。
 そうした時だ。

 ――にぎっ、

 一人で過ごしているはずの部屋で、何者かの手にいきなり肉棒を握られて、蒼衣は心の底からギョッとしながら、その『手』を見た。
 小さく、幼い手だ。
 それは蒼衣の脇の下から、ちょうど蒼衣の背に隠れて手を伸ばしているような形で、斜め後ろから伸びてきている。蒼衣にとってはトラウマともいえる、自分が拒絶したせいで死んだはずの女の子が、確かにそこに座っている気配がある。
 まるで生きた少女がいるかのように、背中の後ろに気配はあった。
 そして、肉棒にある手の感触は、柔らかな手つきそのものだ。
「葉耶…………」
 蒼衣は気づいた。これは葉耶の手だ。
 手が上下に動き始めたことで、女の子の手で初めて扱かれる快感を味わいながら、かといって前触れもない現象に何が何だかわからない蒼衣は、ぎょっとしたまま固まった強張った表情でそれを見つめる。
「葉耶?」
 問いかける。だが、答えはない。

 ふー……。ふー……。

 確かに誰かがそこにいて、息をしている音だけが、蒼衣の耳をくすぐる。実態を持つ幽霊に握られている感じしかなく――というより、全くその通りで、全身のすっかり強張った蒼衣は、それでも生理的には感じる快感を相手にどうすべきかの判断がつかず、結局はオロオロしたまま手淫を受け入れていた。
 死んだはずの少女にある生身の感触が、確かに蒼衣の肉棒を包むという、当たり前の衝撃に心臓が早鐘のようになっている。お化けというより、まるでゾンビとして死体が蘇って思える恐怖もあり、それに大事な部分を触れられている蒼衣は、例えるなら銃口を突きつけられて下手に身動きが取れないような気持ちだった。
 どういうことだろう?
 暴発以来、視界の端に葉耶の気配がチラつくことがあっても、こんな風に接触したこと自体が初めてだ。蒼衣の<断章>はここまで『悪化』しているということなのだろうか。

 すっ、

 葉耶の気配が移動して、蒼衣の肩のすぐそこまで接近してくる。顔が肉棒へ向かっていき、先端に口がつけられ、ペロリと亀頭を舐め始める。
「……うっ」
 快感が迸り、蒼衣は呻いた。
 白いワンピースを着た十歳の少女の頭が、かつて見覚えのある後頭部が、顔を見せることなく、うなじと肩甲骨の背中だけを見せている。上下のしごきを行いながら、亀頭を吸い込むような口の刺激を与えられ、今にも射精が迫り始めていた。
 小さな女の子の口腔では、蒼衣の太さは咥えきれないため、比較的しゃぶりやすい先端部分を集中的に舐めているのだと、やがてわかった。
 蒼衣が薄っすらと連想するのは、時槻雪乃とその姉である風乃の関係だった。
 雪乃に亡霊として憑いている風乃は、本来なら雪乃本人にしか見えず聞こえずの存在らしいが、蒼衣の持つ<断章>の特性上、他者のエフェクトを共有してしまう。故に背後霊のように存在している風乃とは、これまで何度も顔を合わせていた。
 ならば、こうして存在している葉耶は、それこそ蒼衣の<断章>がエスカレートした結果の死霊ではないだろうか。
「……ね、ねえ。葉耶?」
 そうとしか思えず、話しかける。

 ――くちゅっ、くちゅん。

 まるで何も聞こえていないかのように、手と口を使った奉仕だけに集中している。舐めて舐めて舐め込んで、先走りの汁を吸い上げる。

 ――チュゥゥゥゥ。

 根元から先端まで、まんべんなく射精感に包まれる。
「出るっ、葉耶ぁ……!」
 そう告げて、射精した。
 ドクドクと、咥えている葉耶の口内に対して噴水を打ち上げるかのように、白濁は放出されていき、それを飲み込む嚥下の音が青いには聞こえていた。
「葉耶……」
 余韻に浸る。
 次の瞬間。
「!」
 いない。
「葉耶?」
 まるでフィルムを切り落としたかのように、まばたきをする一瞬だけで身を隠したように、葉耶の姿は消えていた。
 あまりにも忽然と、あっさりと。
 今までの出来事全てが、もしや夢だったのだろうかと、一瞬だけ思う。
 しかし、それは実際の出来事だったと証明するような、確かな射精後の消耗感と、亀頭に白濁汚れが残っているにも関わらず、それを出したティッシュはない。ティッシュはおろか、床や服が汚れていることもなく、ただ射精した感覚が残り、少女の手の温もりと舌や唇を使われる気持ち良さが、蒼衣の記憶にも明確に残されていた。

 夢ではない、蒼衣にとっての現実。
 葉耶はもう、そこまで接近しているのだ。




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