時槻雪乃の精密身体検査(前編)


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 時槻雪乃の通う学校では、毎年、精密身体検査が実施されている。精密というように、普通の測定や診断と比べて、遥かに詳しく全身を調べるものだ。そんなものを好きで受けたがる女子はいない。いや、男子だって恥ずかしい。
 乳房の測定、性器の観察。
 プライバシーを著しく侵害する検査内容が、毎年当然のように実施されている。人権団体や女性団体あたりが抗議に来てもおかしくないような検査方法が、利権を持つ大人達の手によって、特例として認められていた。
 入学前までの雪乃はそんな事など露も知らず、入学後になって初めて、そういう検査があるらしいことを耳に挟んだ。
 そんな検査の対象に、雪乃は選ばれていた。
 ほぼ、生贄だ。
 どこぞの医学界だか、大学だかと契約を結んでいる関係上、学校は毎年一人の生徒を差し出し、検査を受けさせなくてはならないらしい。そこで、大抵の教師は気弱でものを断るのが苦手そうな生徒を狙うが、どこでどう根回しがされたのか。
 初めは別の誰かが話を持ちかけられていたらしいのが、情報を手にした女子達が団結し、率先して別の生徒を対象にするよう教師達へ呼びかけたのだ。あの子はやめて、可哀想。他にふさわしい子がいるはず。という風に。
 そうして、クラスから差し出されたのが時槻雪乃。
 雪乃を提供する変わりに、自分達の安全を保証してもらう。
 つまりは、雪乃は生贄なのだった。
「あーあ。大変そうね」
 ひそひそと片隅で、女の子達が交わしている言葉が聞こえる。
「検査対象なんでしょ?」
「引き受けたの?」
「らしいよ」
「よくやるねー」
 教室にいるクラスメイトの多くは空気のように雪乃を無視するが、無視できない者は明らかに疎ましげな、あるいは好奇の視線を雪乃へ向けたりする。そんな一部の、雪乃に対して陰口を叩く女子グループが、それらの言葉を交わしていた。
「アソコとか調べるんでしょ?」
「なにそれ、拷問じゃん」
「問題になんないのかなー。絶対おかしいよねー」
 それらの言葉を風のように無視して、雪乃は頬杖をつく。
「……」
 ただ黙々と、窓の外を眺めて過ごしていた。
 雪乃は、クラスメイトを含め学校の全てを、空気のように扱おうとしていた。皆からも、自分が空気のように扱われることを望んでいる。
 そうすれば、お互い楽だろうに。
「そういえば、先輩が検査受けたらしいんだけどさー」
「嘘、どうだったの?」
「やっぱりね。いっそ死にたくなる思いだったって」
 そんなひそひそ声が、嫌でも雪乃の耳をつく。
「酷いねー」
「裸とかなるんでしょ?」
「ありえないって」
 女子達が話題にしている精密身体検査の対象に、今は雪乃自身がなっているのだ。自分の数日後の未来に関係のあることだけに、腹の底では無視したくても、聞こえてくる言葉の数々がどうしても耳の奥まで響いてくる。
「受けるの、あいつで良かったね」
「本当にねー」
 自分達でそう根回しをしたくせに、まるで他人事のようにホッとしている。
 本当ならもっと、腹立たしい。
 ちっとも怒りが沸かないといえば嘘になる。拷問的らしい身体検査に人を叩き込んでおきながら、自分達でした根回しも忘れて、さも自然とそうなったかのように振舞う。何も思うところがないといえば嘘になる。
 だが、雪乃はそれを甘んじて受け入れていた。
 所詮、雪乃は『普通』の幸せを捨てていて、クラスメイト達は普通の世界に生きている。言って見れば別の世界に生きている連中など、会話すら、するだけ無駄だ。
 こうした雪乃の態度は、明らかにクラスメイトとの軋轢を生んでいるが、雪乃はそんな軋轢から生まれる痛みをも、自らの糧にしようとしていた。

 ――この痛みがある限り、<断章>の痛みも忘れない。

 苦痛や恐怖。かつて遭遇した<泡禍>の中で、心に焼きついたトラウマに類する感情をくみ出す事こそ、自分の中の悪夢の<断章>を紐解くプロセスだ。
 クラスのこうした、雪乃に対する反感や敵意も、全ては雪乃にとってそれらの感情を忘れないための糧となる。孤独の中で過去を反芻し、ただひたすらに自分を切り刻み続けることが、化け物と戦う化け物であるために、雪乃に必要なことだったのだ。

     †

 検査当日の時槻雪乃は、誰も生徒のいない、教員も限られた人員しかいない日曜日に登校した。余計な生徒達が初めからいない日曜日なら、わざわざ男子を追い出したり、無関係なクラスメイトを隔離する配慮が必要ない。そうした日程による配慮自体が、これから行う検査の恥ずかしさを暗示するようで、さしもの雪乃も気が重くなっていた。
 学校とは煩わしい義務だ。
 しかし、義務教育でもない高校に雪乃は通い続けている。伯父と叔母に対する、ほぼ唯一といってもいい負い目が雪乃にはあるからだ。
 三年前の忌まわしい災禍により、孤児となった雪乃を、それが当然であるかのように、伯父と叔母は引き取ってくれた。二人はやや気弱なところがあるものの、穏やかな人格者で、とても良くしてくれている。
 そんな二人が雪乃の幸せを願って、せめて高校を、できれば大学にまで行って欲しいと思っている。
 ただそれだけが、雪乃が高校に通っている理由だった。

     †

 いつものように上履きに履き替え、しかしクラスではなく、身体検査用に指定された別の教室へと雪乃は足を運んだ。
 がらん。
 戸を開き、教室に踏み入る。
 検査用に机の並べ替えられた教室には、幾人もの関係者が集っていた。机を横並びにした席に、まるでこれから、面接でも行うような雰囲気で座っている中年たち。
 白衣を着た、検査を担当するであろう数人以上の医師。学校内でも何度か見かけた覚えのある男性教師。あらゆる種類の男性が集まっていた。
「…………っ」
 雪乃は歯噛みした。
 脱衣の必要性があると聞く検査だというのに、立ち会いの関係者全てが男性だけで構成されている。都合良く女性を用意できるとは限らないにせよ、これだけ何人もの関係者が集まるのなら、一人くらいは女性がいても良さそうなものだ。見渡す限り、若手に見える男から中年まで、年齢がバラけている以外に女性らしき姿はどこにもなかった。
 十人以上いる男達の中で、自分一人だけが女の子。
 普通の少女なら、狼の群れに放り込まれた羊の気分を味わうところだが、雪乃はそれを良しとしない。化け物と戦う化け物たる己が、こんな事で緊張したり萎縮するなど、雪乃にとってあってはならない。
 これしきを恐れるほど、程度の低い存在じゃない。
 風船のように膨らむ緊張感を、雪乃は胸の内側で封殺した。
「市立一高一年四組。時槻雪乃です」
 挨拶する。
「えー。では時間も勿体無いことだから、早速、市立一高の精密身体検査を始めるとしよう」
 一人の男が、事務的にそう言った。
 そして、別の男がさらに指示する。

「では、衣服を脱いで下着のみになりなさい」

 淡々と告げられる指示に、雪乃は一瞬固まった。
「……ここで、ですか?」
 つい、雪乃は質問を口にしていた。
 裸になるらしいことは、事前の説明で知っていた。断ったり、抗議の言葉でも唱えたかったのは山々だったが、クラスでも孤立している雪乃が、仲間の声も借りずに、一人で学校制度に楯突くためには並々ならない決意がいる。そうするより、それを『痛み』として受け入れる道を選んだ雪乃は、決して積極的な気持ちなどないにせよ、こうして検査を受けに来ていた。
 しかし、ここまで配慮の欠片もないことまでは、想像していなかったのだ。
 例えば、脱衣を行う場合。
 どこか別室で服を脱ぎ、バスタオルでも巻いて移動する。あるいは衝立を用意して、そこで脱ぐ。肌を出すのは必要な場合に限られて、いきなり脱がされることはないだろうと、正直なところ甘く考えていた。
 その想像が、一言で覆されたのだ。
「ええ、ここで脱いでください」
 当然のように告げられる。
 そして、雪乃を取り囲む男達全てが、無言のプレッシャーを雪乃にかけていた。
 早くしろ、時間が押している。
 声無き声が、その表情と部屋全体の空気から、雪乃には痛いほど伝わっていた。
「どうぞ」
 と、教師が脱衣カゴを足元へ置いてくる。
 それもまた、プレッシャーに感じられた。
「……わかりました」
 いいだろう、脱いでやる。
 彼らは所詮、普通の世界に住む別の生き物。雪乃は<泡禍>と戦う<騎士>であり化け物だ。ならば、別の生き物に裸を見られるなど、犬や猫に見られるのと変わらない。
 雪乃はそう強がり、気丈なまでにさっさと脱いでみせようとしていた。
 雪乃はセーラー服のスカーフを抜き、脇腹あたりにあるボタンを外す。こんな事は何でもない、余裕であるとアピールするかのように、雪乃は実に早々に上を脱ぎ去る。
 スカート、靴下まで、まるで時間をかけずに普通に脱ぐ。捨てるかのようにして、脱衣カゴへと叩き込んでいた。
 だが、雪乃は確実に赤面していた。
 カァァァアア――!
 顔面全体が面白いほどに変色し、首を境界線にして、頭と胴体がほぼ別色と化している。
「ふんっ」
 トマト顔で鼻を鳴らす雪乃が、本当は恥ずかしがっていることなど誰の目にも明らかだった。
 狼の群れで無防備になっているようなものだ。
 一人だけ服を脱いでいる状況下で、本当に何も思わず、無心を貫くことなど不可能だった。
 そこへ、雪乃だけに聞こえる亡霊の声。
『……うふふふふ、可愛い雪乃』
 三年前に家族を惨殺して死んだ、雪乃の姉、時槻風乃。
『花も恥らうウブな乙女が気丈に振舞うその姿。とても、とても傑作よ?』
 歌うような不快な声を、雪乃は硬い表情で無視する。
『それに、黒なのね』
「……るさい」
 下着の色をわざわざ声で指摘され、雪乃は呻くように小さく口の中で呟いた。
 雪乃の下着は黒い。
 ゴシックロリータを戦闘衣装のようにしている雪乃は、<騎士>として活動する際、なるべく下着にもこだわる。普段からゴシック風のものをつけているのだ。
 黒い布地全体を、白いレースで飾ったブラジャー。肩紐もほとんど白レースになっており、ショーツも同様の華やかさで白いリボンを生やしている。両側をリボン結びで止めるタイプになっているので、紐を少し引っ張れば、簡単にはらりと落ちてしまうショーツだった。
「ブラジャーを外しなさい」
 厳格な指示者の命令。
 雪乃は自分に躊躇いを許さずに、恥じらいを胸の内側に封印した、唇を内側に丸めて何かを堪える表情で、背中のホックを外してブラジャーを取り外す。
 曲線の丸い、陶器のように白い美乳が曝け出された。スベスベと、あるいはサラサラしていそうな乳肌は、その頂点で乳首をツンと尖らせている。新鮮で、甘く柔らかそうな果実の香りを放って見えた。

 じぃぃぃぃ……

 十人以上の男達が放つ、四方八方からの視線は、間違いなく胸や尻へと向けられる。ここにいる男性は、建前上れっきとした検査の名目で来ているが、心の底では役得を楽しむ気持ちを抱いている。
 真面目な男が、少しは興味を持ってしまったり。
 あるいは、初めから好奇心だけで見学に来ている者。
 様々な種類の視線が雪乃を包囲し、全身をくまなく、目だけで撫で回す。
 見ているのは、何もいやらしい部分だけではないのだろう。
 左腕に巻きつけられた包帯と、そこに薄っすらと滲んでいるリストカットの痕跡。嫌でも目立つ部分だが、あえてそこに触れる大人はいなかった。

 ドクッ、ドクッ、ドクッ……

 雪乃の耳に聞こえるのは、自分自身の心音だ。

 ドクッ、ドクッ、ドクッ……

 舞台の本番でも迎える直前のような、否、そんなものは比べ物にならない途方も無い緊張感が雪乃の全身を硬直させ、鼓膜を心臓の音で満たしていた。
 雪乃はそっと、目を瞑る。
 ここにいる男達は一人残らず、普通の世界に暮らす自分とは違う生き物だ。自分と同じ生き物なら、動物に見られて恥ずかしいなど、雪乃の目指す化け物はそんな安いものではない。
 もっと、この程度では何も感じない。
 完膚無きまでの、化け物だ。
 そうであるためだけに、膨れ上がる羞恥心を胸の内側に封じ込めて堪えていた。
「……ぬ、脱ぎました。早く進めて下さい」
 今にも震えそうな声に意志を込め、赤面ながらも、真っ直ぐな瞳で雪乃は言う。
「これより、面談形式での意識調査を行います」
 一人の男が、説明を開始した。
「事前にお渡ししたプリントで、既にいくつかの項目について質問を行っていますが、ここではその内容を元により詳しい事情をお聞かせ願います」
 口調も、表情も、ひどく堅苦しく事務的だった。
 雪乃の正面で机を並べ、書類を広げてボールペンを片手にしている男達が、面談形式の担当者だ。五人もの中年男性が横並びになり、それぞれが厳格な面持ちで、まるで会社の面接でもするような硬い雰囲気を放っている。制服さえ着ていれば、本当に入試面接にしか見えない光景だったはずである。
「自慰行為の経験について、有りの方に○がついていますね」
「……」
「では何歳の頃から、どのような方法で主に自慰行為を行っているのか。具体的に説明しなさい」
 雪乃は一瞬、口をつぐんで、心の準備を整えた。
 学校で、精密身体検査を受けるようにと担任から頼まれ、とうとう了承してしまった雪乃は、その日の間に書類調査用のプリントを渡されている。そこには自慰経験や初潮の時期などについて尋ねる質問があり、『はい』か『いいえ』に○をつけるか、時期年齢を記述するなどして回答している。
 中年男性達の手にあるのは、きっとそのコピーだ。
「初めては、○歳の時で……。それから、最初は下着の上から触って……。慣れてきてから、中に手を入れた。……と、思います」
 自分で嫌になるほど、たどたどしい受け答えになった。
 これが普通の質問で、普通の面談だったなら。
 例えばやっていた部活でも聞かれ、当時はどんな活動をしていたかを答えるような、常識的な内容だったら。スラスラとはいかずとも、ここまで気が弱そうな、すっかり肩の縮んだ声が出るようなことはなかったはずだ。
 気の小さそうな震えた声を出してしまった、自分自身の声帯が呪わしい。
「なるほど。クリトリスに触れたり、中に指を入れるなどは」
「いいえ」
「道具。例えば鉛筆で擦る、バイブを購入するなどは」
「……ありません」
「手、のみを今も昔も使用していると」
「はい」
「では、初めてアソコに手を触れようと思ったきっかけは何かありますか?」
「それは……」
 と、雪乃はきっかけについてまで語っていく。
 もはや面接だの面談だのというより、取り調べを受けている気分に近い。ここまで来て、制度や規則を相手に逆らえず、ほぼ強制的に質問への返答を要求される。心が折れたという理由でここにいるつもりは断じてないが、何かの理由で取調室にでも閉じ込められ、警察に調査を受けている気持ちに近い。
 どう考えても、脱衣の必要性のない内容を、裸でやらされているせいだ。
 こういう扱いを受ける犯罪の容疑者が、実際にどこかにいるかもしれない気がしていた。

「初潮の時期は○歳の○月とありますが、この時の気持ちを覚えている限り語って下さい」
「胸の膨らみ始めで感じた事、思ったことを語りなさい」
「陰毛が生えたのは○歳の時とありますが、初めて自分の成長に気づいた時はどう思いましたか」

 書類を元に、女の子なら誰でも感じる、その時の気持ちについてを語る要求。
 雪乃がそれらを述べていくと、中年男性達は素早くペンを走らせて、書き取っていく。犯罪者が取り調べの供述を目の前で記録されたら、まさにこんな気分がするかもしれなかった。
 さながら囚人が受ける扱い。
 なるほど、いっそ死にたくなる。
 だが、普通を捨てた者がそれではいけない。こんなことで、たかだか意識調査を受けただけで、鬱に陥ることなどあってはならない。
 雪乃にあるのは、自分自身に対する戒めだった。

     †

 疑問があった。
「……」
 面談調査から次の測定へ移り、身長計で背筋を伸ばしていた雪乃としては、何か思わずにはいられない。
 どうして、初めから脱ぐ必要があるのか。
 先ほどの質問調査も、身長の計測も、どちらも脱衣の必要性は全く皆無だ。脱がなくても出来ることをまとめてやって、脱衣の必要がある内容は、全てその後にでもして欲しい。それを事前に脱がされ、裸でいる時間が無駄に長引いているのだ。
 純粋に、納得できない。
 納得がいかないまま、指示通りに身長計に足を乗せ、顎を引いて背筋を伸ばした、気をつけの姿勢を取っている。しかも、測定を行う男が、背中をしっかりくっつけるためと言わんばかりに腹に手を当て、押している。ただ押すというより、皮膚を揉んでいるようでもあった。
 不快なセクハラを交えてバーを下ろされるのが、雪乃をますます不機嫌にしていた。
 こうして腹を触るばかりか、座高では肩を触られ、体重計では正面からまじまじ見られた。ただ脱がせるに飽き足らず、注ぎ込む視線の量にも配慮はない。表立ってニヤついていないだけで、彼らは十分に胸を眺めていた。
 身長を初めとする身体測定を担当するグループのことごとくは、全て男性教師である。雪乃にとって、どうでもいい人物には変わりはないが、学校内で幾度となく顔を見かける相手に裸を見られる。そこに何の感情も沸かないわけがない。
「○○センチ」
 バーを読み上げ、教師が告げる。
 別のもう一人の教師が、書類に数字を書き取っていた。
 そしてまた、別の教師がメジャーを手にして、雪乃の胸へと巻きつける。
「トップバストは○○センチです」
「……」
 理科教師、数学教師、英語教師。
 授業のたびに顔を見る教員が、こうして胸を測ってくる。
 雪乃は他人に無関心を貫いているが、彼らは今後、雪乃を見るたびに今日の出来事を思い出し、こっそりニヤニヤするのだろう。先程の性情報や今測っているスリーサイズが、ことごとく男の妄想のネタにされ、使われるのかと思うと気が重い。
 せめて服を着せて欲しい。
 切実な思いが募り、声を荒げて抗議したいほどの気持ちになってはいる。しかし、雪乃がずっと周囲の一般人から距離を置くために作り上げてきた他人への無関心が、それについて声を上げることを阻んでいた。
 腰にメジャーを巻かれる。
「ウェスト、○○センチ」
 尻に巻かれる。
「ヒップ、○○センチ」
 スリーサイズが全て知られた。
 自慰行為の経験や、初潮や陰毛の生えた時期までもを知ってしまっている教師達は、もう随分と雪乃の情報を握ったことになる。脅迫やセクハラに使えるであろう秘密を、ことごとく手に入れられ、弱みでも握られたような、かなりの居心地の悪さを覚えてくる。
『皿に置かれたご馳走と変わらないわね』
 風乃が言った。
『目の前にある美味しい果実を、彼らは思うままに箸で摘んで味見しているわ。その真っ赤な顔で、強がっている表情は、どんな味がするのかしらね』
「……るさい」
 口の中だけで、かすかに呟く。
『ふふっ』
 風乃は薄笑いを浮かべるだけだった。

     †

 より精密な情報を集めたいらしいこの検査は、スリーサイズだけには留まらず、他のあらゆる部位にまでメジャーを当てて長さを読み上げ続けていた。
「右人差し指○○センチ」
 というように。
 あらゆる箇所の長さを測る。
 気恥ずかしかった。
 もちろん、裸でいる時点で気がどうにかなりそうだが、腕だの膝だのの長さまで測る。自分でも知ることのなかった情報を調べられるのは、裸体を見られるのとはまた違った、別の気恥ずかしさが沸いてくる。
 駄目だ、堪えろ。
 自分はこの程度ではないと、雪乃は耐える。
 太ももにメジャーを巻かれるのも、乳首と乳輪の大きさを測るために、胸に指が当たってくる不快感も、全て『痛み』だ。これら全てが、糧となる。
 やるならやれ、用が済んだら帰るだけだ。
「――っ!」
 直後、雪乃は驚いたような険しい顔で目を丸め、諦めたように目を伏せる。
 ショーツが下げられたのだ。
 あまりにも突然、スッ、とショーツは膝へ下ろされ、大切な下腹部は丸晒しになっている。アソコにも、お尻にも、男達の視線は集中し、これで雪乃の全てが見られた。
「〜〜〜〜っっっ!」
 普通の裸ですら、初めて人に見せているのだ。その日のうちに秘所まで見せるなど、刺激と衝撃の強い体験だ。これでも無心でいられるほど、雪乃の羞恥心は安くはない。
「尻の割れ目は、と……」
「!」
 次に教師がしてきたのは、割れ目に沿ってメジャーを当ててくることだった。
 目盛りを固定するための親指が、割れ目の上端、尾てい骨のあたりを強く押す。お尻のカーブへ向かってメジャーは伸び、狭間へ食い込み、下腹部のほぼ真下へと目盛りは合わされた。
 雪乃は全身を硬直させた。
 男の指が、性器のすぐそこにあるのだ。
 今にも触れてきそうなきわどい位置で、しかも男の顔が股下を覗いている。

 じぃぃぃぃ

 目盛りの数字を見るために、太ももの隙間が覗かれる。
 恥ずかしい!
 さすがの雪乃も、歪んだ顔が叫んでいた。
 ……恥ずかしすぎる。
 仮に日常生活でスカートを覗かれたとしても、下着がある以上はここまでの気持ちにはならないだろう。その日、一日は気分が悪くなるだろうが、パンツを見られてトラウマ並みのショックに至ることはまずありえない。
 だが、これは十分にトラウマになり得るレベルだ。
「――くぅっ、うぅ…………!」
 胸を深く抉り取るほどの、鋭い羞恥が雪乃の心に刃を立てて、突き刺されたような精神の苦痛に雪乃は悶える。恐ろしく不機嫌に見えるほど表情を強張らせ、頬を硬くし、真っ赤な顔で肩を震わせていた。
「○○センチ」
『へえ? そうなの』
 男性教師は事務的に、風乃の声は好奇心たっぷりに、それぞれの言葉が雪乃の鼓膜に突き刺さる。
 ひどく恨めしくなった。
 尻の割れ目の長さなど、一体どこでどう役に立ち、活用する機会のある情報なのか。どうしても無駄にしか思えない、そして恥ずかしすぎる測定が、恨めしくなってくる。
「ここからは少し測りにくいので、少し姿勢を変えましょう」
「さ、時槻。足を肩幅に開いて」
「それから、足首を掴むんだ」
 つまり、下腹部が無防備になる姿勢。
「…………」
 雪乃はすぐには従えず、さすがに躊躇った。口をつぐんだまま数秒以上は下を向き、早くしろ、と注意され、同じ指示をもう一度出されるまでは、動けなかった。
 安くなる気がした。
 これがそういう検査で、従わなければ終われないのはわかっている。ただの少女一人にどうにかできる制度や規則でもない以上、受け入れるしか道がない。
 そうとわかっていても、言われたから、はいそうですかと従順に性器を曝け出せるほど、雪乃のプライドは安くない。
 動物に裸を見られたからといって、別の生き物を相手に恥らうなど無駄だし無意味だ。
 しかし、動物相手に従わされ、乙女にとっての大切な場所を勝手気ままに観察されるなど、到底許せることではない。こんなことまで受け入れたら、人としての尊厳やプライドまでもが安物と同じになる気がして、出された指示には即座には反応できなかった。
 だが、結局はやるしかない。
 ――……殺す。
 心の中でだけ、呟く。
 膝にかかった黒ショーツが、ぴんと伸びる程度に、足の幅を広げる。
 腰を折り曲げ、腕を下へ、足首を掴む。
「〜〜〜〜〜〜っっっ!」
 尻に集まる視線に顔を歪めた。
 雪乃の取ったこのポーズは、折れ曲がった腰から下腹部の全てが丸見えになってしまう。茂みを生やした綺麗な秘所と、薄紅色の肛門が、測定者の視線を受け止めている。
 尻穴さえ丸見えだ。
 恐ろしく、屈辱的だった。
 向こうの指示とはいえ、自分でこんなポーズを取るなど、自ら恥部を見せつけているようなものだ。犯罪者の取り調べですら、こんなことは普通はあるまい。まるで尊厳を無視した扱いは、不服どころの問題ではなかった。
「ではでは、肛門から性器までの距離は。と」
 必要性のわからない箇所を測るため、メジャーがそこへ当てられる。
「――くっ、くぅ!」
 雪乃は歯軋りした。
 目盛りを指で固定するため、男の親指が肛門に乗せられ、ぐりぐりと押し込むようにしてくるのだ。
 こいつ……!
 雪乃の姿勢からでは、自分の尻は見えない。ただ親指が押し付けられる感触だけが肛門を襲い、恥ずかしいあまりに意識がいき、ぐにぐにと皺を揉むようにしてくる指つきが、嫌というほど如実に伝わった。
 そしてメジャーの目盛りが、女性器の割れ目の先端へあわせられる。肛門と性器の距離という、雪乃には到底理解できない情報が、書類へと書き取られた。
 記録係がペンを走らせる姿など見はしないが、静かな部屋で、ペン先が紙を引っ掻く音が耳に伝わる。乳首の直径も、乳輪の大きさも、普通なら測ろうとも思わない箇所の数字が書かれている事実を、そのペン先の音が雪乃に痛感させていた。
 そして、こんなポーズで、恥ずかしい部分を測定されている有様を、そのさらに周囲にいる男達が眺めている。恥部を見られること自体の恥ずかしさと、惨めな扱いを観賞される二重の羞恥が雪乃の顔を赤くしていた。
「うぅ…………」
 目尻から涙が滲みそうになってきて、雪乃はそれをぐっと堪えた。目の下の頬肉に力を入れ、表情を歪ませ、雪乃は力いっぱい、屈辱を堪えた。
 今度は性器に沿って、メジャーが当てられる。
「――っ!」
 決して、人に触れられることなどありえない場所。肉体関係まで進んだ恋人でもいなければ、絶対に明け渡すことなどありえない大事な部分を、直径を測るなどという目的のためだけに触られている。
 完全に指が当たっていた。その温度と感触が、嫌というほどアソコに伝わる。
 いや、メジャーが肉貝に触れているだけでも、想像を絶するほどの不快さが雪乃を襲っていた。
 例えるなら、汚物でも喰わされるような屈辱。あるいは全裸で靴でも舐めさせられるほどの屈辱。そんな例えが現実味を帯びるほど、この性器測定という行為は、羞恥と屈辱で雪乃をひどく苦しめていた。
 本当に、涙が出そうだ。
 だが、こんなことで、泣いてたまるか。
 泣けば、それは敗北だ。
 せめて、ここで負けてやる程度の存在にだけは、なりたくないしなってやらない。
 不幸中の幸いで、今なら顔を見られる心配のない雪乃は、強く強くまぶたを閉じた。筋力の許す限り強く引き締め、眼球が潰れるほど強く閉じきり、思う存分に涙を堪えた。
 ただ存分に堪えることだけが、今の雪乃にある『不幸中の幸い』であった。
「縦の長さ○○センチ」
 数字が書き取られると、向きが変わる。
「横の長さ、○○センチ。片方につき○センチですね」
 今度はメジャーを横に這わされていた。
「じゃあ、あとは」
「中身ですね」
 そう聞いて。
「……っ!」
 雪乃は戦慄した。
 既に十分にプライドを傷つけられ、人間扱いされないことの屈辱を味わっている。外側のサイズを取られただけでも、いっそ死にたいほどのところを、その上さらに、肉貝の中まで覗こうというのだ。
「んじゃあ、お願い」
「はーい」
 二人の男のやり取り。
 しっかり測定しやすいために、肉貝を開く係と、測る係に別れての分担作業となったのだ。
 一人の教師が、前屈状態の背中から腕を回し、下腹部へと手の平をべったり乗せる。太ももの付け根あたりが掴まれ、その指先が秘所の皮肉に触れ、雪乃はビクンと、バネで弾むかのように肩を跳ねさせ、すぐに全身を硬直させた。
――見られる。
 危機感を前に、雪乃は動けなかった。まるで銃口でも向けられて、引き金を引かれる瞬間、死の危機を前にしながら、恐怖で体が動かないかのような状態。
 ただ、中身を見られるという危機感だけに頭が満たされ、それだけが全身を支配し、関係のない全ての思考が一層されていた。逃げよう、抵抗しようという、そういう考えが浮かびさえもせず、ただ見られるのを待つばかりと化していた。
 アソコへと触れかけている指に、力が入る。
 肉貝を開くために。
 指が皮膚に押し込まれて、雪乃はますます硬直する。
 そして。

 くぱぁ……

 血色の良いサーモンピンクの肉ヒダが、数人以上の教師の視線に晒される。
「――――っっっ!」
 歯肉が潰れかねないほど、雪乃は強く、歯を食いしばった。
 もっとも敏感な部分に触れてくるメジャーの気配に、ただでさえ強張っている雪乃は、さらに足首を掴む手に力を込め、自身に爪を食い込ませていた。

 じぃ、

 覗かれている。
 尻の穴さえ丸見えであろうこの状態で、添えた目盛りを読むために、測定者が雪乃のアソコを覗いている。
「膣口〜センチ」
「小陰唇〜センチ」
「陰格亀頭〜センチ」
「陰核包皮〜センチ」
「尿道〜センチ」
 女性器を形成する全てのパーツに、メジャーの目盛りは順々に合わされていき、数値情報をことごとく暴かれ、大きく声に出されて発表された。
「……うっ…………ぐぅ…………このぉ…………」
 苦痛だった。
 自分でも知るはずのなかった情報を抽出され、わざわざ大きな声に出されるのは、日記を人に朗読されるなんて例えでは生温い。
 もっと恐ろしいほどの、それを死因にできそうなほどの屈辱感と恥ずかしさで、雪乃の全身は満たされていた。一生記憶に残りそうなほど、ただ数字を発表されるだけが強烈だった。
「肛門の直径〜センチ」
「〜〜〜〜〜っっっ」
 尻の穴にまで、メジャーを握る指は添えられた。
 さらに。
「あとは肛門の皺の数か」
「じゃあ、数えるよー」
「……!」
 雪乃はただ、戦慄していた。
 恥辱だけに満たされていた雪乃の全身に、より一層の羞恥と屈辱の感情が注ぎ込まれた。満タンのコップに水を注ぎ続ける時のように、減ることのない羞恥と屈辱がドバドバ溢れ、体中が恥ずかしさに濡らされた。
 そんな雪乃の感情を示すかのように、汗が滲む。

 ぐにっ。

 尻が鷲掴みにされ、割れ目が手で押さえられた。
 性器の中身が視線から解放された変わりに、この姿勢なら初めから見えているはずの肛門のために、両手の平が尻たぶの上へと移されたのだ。
 しっかりと指が食い込み、指の狭間から尻肉がプニっとはみ出ている。あからさまに揉んでは来ないが、お尻を触られているショックで意識が尻に集中し、ほんの少しの手の動きも、雪乃には敏感に感じ取れた。
「はい、どうぞ」
 自分の体を、お尻の穴を、まるで雪乃自身には所持権がないかのように、身勝手に明け渡す。そんな台詞。
「えーと? 一、二、三――」
 本数を数えるための、カウントが始まった。
「四、五、六、七……」
 肛門を見られている。
 じっくりと、至近距離から。
 自分のお尻の真後ろに、男性教師の顔はある。自分でも見ることのない穴の形と、皺の本数が、こんなどうでもいい人間によって暴かれるのだ。
 そして、雪乃がそうされている有様を、周囲にいる関係者達が観賞している。
「八、九……」
 カウントが進む。
 雪乃が思うのことは、ただ一つだ。
 ――やめて欲しい。
 肛門の皺の数など、知りたくもない。
「十、十一、十二……」
 しかし、無情にもカウントは進んでいく。
 その本数もまた、嫌に大きな声で発表され、書類へと書き取られた。
「肛門の皺の本数。○本!」
 そんな言葉に耳を突かれた瞬間、いっそ死にたいような思いにかられた。
 いや、いっそ殺したい。
 その気になれば焼き払える連中など、いっそ本当に炭にでも変えてやりたい。
「はい、終了ね」
 今まで雪乃の恥部を見ていた測定者は、おもむろにショーツを掴み、膝に絡んでいたそれを一気に持ち上げ、雪乃の尻へと履かせ直した。

「…………………………っ」

 雪乃はただうな垂れ、与えられた屈辱を噛み締めた。
 最後の最後で、人にパンツまで履かされた。
「はい、もう立っていいよ」
 ペチッ、ペチッ。
 尻を叩かれた。
 それは苦難を終えた相手を励ます、本来なら肩でも叩いて、よくやったぞ、と努力を讃えるような叩き方だが、それを尻たぶに向かってされたのだ。
 トドメを刺された気分でしかない。
 測定と名の付く拷問をやっとの事で切り抜けたと思ったら、あと一つだけ試練が残っていたような、思ってもみない扱いを追加で受けた。
 それが、強烈すぎる羞恥の余韻をあと少しだけ色濃くして、身を焼かれるような思いだけが雪乃に残った。
 もう、真っ平だ。
 たかが検査でと思ったが、普通を捨てて化け物であろうとする雪乃とて、この扱いであっけからんとしていられるほど、常識的なプライドまで消えてはいない。
 真っ平だが、まだ項目は残っている。
 その事実が、雪乃の気持ちを暗くして、心をすっかり純粋な黒へと染めていた。




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