時槻雪乃の精密身体検査(中編)


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 十分だけの休憩時間。
 ひとしきりの測定のあと、雪乃はさらに医師から内科検診を受け、胸と背中に聴診器を当ててもらってからの休憩である。恥部まで見られた測定に比べれば、何でもないことに感じられたが、雪乃は常時視線に囲まれているのだ。
 聴診と、軽い視診、問診。
 眺めても面白くないではずの光景を、検診には絡まない残りの男性全員が、観賞していた。
 だから雪乃は、程度の違いはあれど、恥ずかしい思いを一切の途切れも無しに、常時感じ続けている。
 部屋全体の空気が変質して、それが原因だといってもいい。
 居るだけで心を羞恥の色に染められ、恥ずかしい気分にさせてくるような、視線に満ちた部屋の空気の影響。
 普通に生きていれば吸う機会などなかったはずの空気に、しばしは息苦しい思いをした雪乃だが、この空間で過ごすこと自体には慣れていた。
 正確には、諦めたともいえる。
 例え雪乃が抗議屋で、気に入らず、疑問のある事には反抗する生徒だったとしても、部屋の空気全てを入れ替えるなど不可能だ。諦めて、この空気を吸い続ける。それしか道がないせいで、雪乃の心はほぼ自動的に諦めへと誘導されていた。
 とはいえ、だ。
 部屋の空気を吸い慣れたからといって、雪乃の中から羞恥心そのものが消えてくれない。いっそ、こんな普通≠フ女の子が持つような感覚は、消えてくれれば楽だと思う。雪乃にとって、煩わしいばかりの感情だが、いくら胸の中から追い出そうと気を張っても、深く根を下ろしたように離れてくれない。
 そうした中で内科医は、聴診を終えた最後に乳房を眺め、雪乃の二次性徴に遅れや異常はないかを視診した。この時の医師の視線は、例えるなら機材を点検する技師のような目つきだったが、それこそ、まさに調べられている実感が強まった。とても、恥ずかしかった。
 そうした内科検診を経て。

 そして、やっとの休憩なのだ。

 十分間は休んでいいことを告げられ、ようやく精神的に休めることを期待した雪乃は、直後に希望を打ち砕かれる。
 せめてその十分くらい、服で体を隠していよう。
 どうせまた晒すのに、無駄なのはわかっていたが、精神的な疲弊を和らげるにはちょうどいい気がしていた。
 そう思って、脱いだものを投げ込んである脱衣カゴから、服を手に取ろうとした時だ。
「あ、衣服はこちらで預かりますので」
 職員が即座に現われ、脱衣カゴを抱えて、雪乃の目の前から服を持ち去ってしまったのだ。
『残念だったわねぇ?』
「……うるさい」
 雪乃は椅子に座り込み、なんとなく胸を腕で覆い隠して、不機嫌そうなむすっとした顔で過ごしていた。
 休憩中まで、ショーツしか身につけることを許されない。
 いや、それどころか。
 この分では、全ての検査が終了するまで、衣服が返還されることは期待できない。
 検査にかかる数時間ものあいだを、雪乃は丸々裸で過ごさなくてはならないのだ。
 今日の校舎には関係者しかいないというが、これで廊下に出る気には到底なれない。ここで過ごすしかない雪乃は、椅子に座って足腰を休める以外にやる事がなかった。
 大人達は思い思いに部屋の中をうろつき、雑談を交わし、廊下で外の空気を吸いに出ているのにだ。
 雪乃だけが、服を着ていない。
 休憩時間で雪乃がしたことは、この空気の中で単に座って過ごすという、本当にそれだけだった。

     †

「ではショーツを脱ぎなさい」
 休憩終了後。
 すぐの言葉がこれだった。
「…………」
 雪乃は何も言わない。黒いショーツに指をかけ、あとは下げるだけの体勢に入ったまま、静かに周囲を睨んでいた。
 立ち合いと称して、どうせ見学がしたいだけであろう教師陣。一応、担当する検査があるのだろうが、雪乃を辱めることに変わりの無い数人の医師。いる必要のわからない、スーツを着た年齢のバラバラな関係者達。
 その誰もが雪乃を包囲し、これから最後の一枚を脱ぐことになる雪乃を見守る。
 脱衣に関する配慮はない。
 彼らは無言で、みんなの見ている前でのショーツの脱衣を要求していた。

 じ――
 じぃ――
 じぃぃ――
 じっ――

 幾つもの視線が四方から、雪乃に刺さる。腰も乳房も、太もも、お尻、背中やうなじ。ありとあらゆる箇所を、まるでレーザー照射で焼かんばかりに眺めている。
 大量の視線に熱され、皮膚神経が焼かれるかのようだ。
 雪乃を恥ずかしい気持ちにさせ、屈辱感を浴びせるためだけの特殊な空気が、検査となった途端に濃度を増している。空気を注入される風船のように、ただここにいるだけで、羞恥と屈辱の感情がみるみると膨らんでいた。
 こうしてみると、休憩時間のいかに楽なことだったか。
「……」
 雪乃は拳でショーツの両側を握り締めた。
 先程は脱衣カゴを持ち去られ、雪乃の衣服は手元にない。これを脱ぐということは、ショーツまでもが相手側の手に渡るであろうことを意味している。おそらく、最後の最後まで返却されないまま、終了時間まで全裸で過ごし続ける事になる。
 その上で、脱がなくてはならない。
 しかも、これから下腹部の検査を受けるための覚悟という、理不尽な決意が要求されている。
 雪乃はかなり、不服だった。
 不満だし、不愉快だし、恨めしい。
 しかし、これはそういう制度であり、規則だ。いくらおかしいとは思っても、こうして手筈が整っている以上、従うしか道はないのだと、雪乃は思っている。今まで同じ検査を受けた、過去全ての少女も同じだろう。

 ギロッ

 雪乃は周囲の男を睨んだ。
 この場で可能とされる、せめてもの抵抗だ。
 示すのだ。
 自分は好きで検査を受けているわけではなく、不本意でここにいると。できるなら、とっくに指示を無視したり、然るべきところへ抗議していると。
 従って当然。脱いで当然と言わんばかりの、恐ろしく腹の立つ大人に向かって、反抗心を丸出しにした。
 そして、いかにも態度の悪い顔つきで――。

 すっ、

 雪乃はショーツを脱ぎ始めた。
 だが、尻の割れ目がほんの少しだけ出たところで、雪乃はすぐに躊躇う。
「……っ」
 やはり、恥ずかしい。
 もう一度は見られたあとだが、つまりは再び、さっきまでと同じ恥ずかしさを味わうということだ。固い鎖のような抵抗感が雪乃を縛り、締め付けている。
 こんな恥じらいは、普通の世界に生きる別の生き物達が持てばいいものだ。自分は安穏な生活を捨てている。化け物であるためには、必要ない。
 そんな気持ちで、雪乃は自分の羞恥心を自戒する。
 その反面、たかだかこんな奴らの前で脱いでやるなど、猛烈なまでに癪なのだ。
 そうした、胸の中でのせめぎ合い。
 少女としての恥じらいを切り捨て。<泡禍>を狩る怪物であろうとする心。ところが、怪物であるからには、普通≠フ世界に生きる連中ごときに、裸を見せてやるたくもないプライド。
 雪乃の心はそういう風に入り組んでいた。
 その果てに、鎖を引き千切るくらいに気を張って、雪乃はさらにショーツを下げていった。
 ゆっくりと、重い動作で。
 こんなことを強要される、屈辱を噛み締めながら。
 皮を丁寧に剥くかのように、黒いショーツに隠れたお尻が、少しずつ肌色の面積を広げ、しだいに顔を出して行く。お尻の肉が出れば出るほど、尻の見える位置にある限り全ての視線が、糸を束ねたように集中する。
 出力が増しているといってもいい。露出が広がり、尻の割れ目が線を伸ばせば伸ばすほど、それを目に焼き付けようとする視線は強まる。そんな出力を増した視線に、ますます熱く肌を焼かれる心地がした。
 そうして、丸い尻たぶをまんべんなく丸出しにして、その下にある秘所はまだ見えない、といった位置まで下げたところで。

 ぴたり。

 そこで一瞬、雪乃は止まった。
 気づいたのだ。
 このまま、腰を折り曲げた前屈姿勢になっていけば、また秘所と肛門が丸見えになる。
 それは、嫌だ。
 確かに、どうせまた見られる。隠すだけ無意味だが、必要のないタイミングで、見せる秒数を増やしてやるほど、自分はサービスの良い女じゃない。その気になれば、ここにいる全ての人間を殺せるのだ。
 ここまでされながらも、一般人を相手に<断章>を使い出さないだけ、まだ寛大だと思って欲しい。
 それが雪乃の抱く、正直な感情だった。
 無論、彼らは<泡禍>や<断章>の事など知りもしないわけだが。
 ともかく。
 無駄に見せる時間を増やさないために、雪乃は床に膝立ちになる。腰をくの字に折るにつれ、お尻も同時に下げていくような形で、ショーツも一緒に下げていた。
 前が見えないように気を使って膝を立て、体育座りに近い姿勢で、足首に向かってショーツを進める。
 雪乃にとっては、プライドからなる行動。
 だが、この一連の行動は、どうすれば秘所が見えにくい脱ぎ方になるのか、試している光景そのものに見えた。
「ふむ」
 誰もが事務的な顔をして、露骨な表情など一人もしていない男達だが、全員が正真正銘事務的なわけではない。本心ではいやらしい気持ちを抱き、好奇心から雪乃の体を目に焼き付けている男が、この中には一体何人か。
 そうした彼らにしてみれば、今の雪乃の脱ぎ方も、見ていて楽しい光景だった。
 そんな事を知ってか知らずか。
 何にせよ、脱いでやった。
 脱ぎ去った雪乃は、アソコを手で隠して立ち上がる。
「それをこちらへ」
 一人の中年が雪乃の前へ歩みより、ショーツを手渡すようにと、手を差し出してきた。
「…………」
 雪乃は無言で、出された手を睨む。
 そして、中年の男を睨んだ。
 股間に手を乗せ、耳まで赤いその顔で、雪乃はそれでも敵意を剥き出したような鋭い目つきを相手に送る。
「さあ」
 圧力で押し潰してくるかのような、重い一言。
 だが、その態度に折れたから従うわけではない。自分の心を刻んで糧とするためだけに、雪乃はここにいる。
 それを示すように、敵意を表に出した睨み顔で、心の中ではふつふつと怒りを沸騰させながら、脱ぎたてのショーツをその手へ、ゆっくり差し出す。
 大切な下着を手放す、途方も無い心細さに襲われつつ、さらに熱い羞恥心で心を煮立たせた状態で、雪乃はショーツを手渡した。
「黒だね」
 それはやけに重々しい、厳格な口調だった。まるで会社の重要な用件でもあるかのような、微塵のいやらしさもない事務的さで、わざわざ色を声に出す。
「刺繍は華やかで、横を紐で結ぶのか」
 雪乃の目の前でぺろんと広げ、書類でも確認するような顔つきでショーツを眺める。
「裏側はどうだ?」
 中年はさらに、ショーツを裏返し、股間の部分についているわずかなシミの痕跡に注目した。
「……っ!」
 雪乃は強く、顎の力の限界まで歯を食いしばり、ぎしぎしと歯音を立てた。
 それはおりものの跡なのだ。
 衆人環視の中でショーツを脱がせ、自ら手渡す行動を指示した上に、それを本人の目の前で眺めてみせる。加えて、裏返してシミの部分まで見てくるのだ。
 所持品チェックの必要がある種類の犯罪者ですら、よしんば全裸検査があったとしても、本人の見ている前で脱がせたショーツを広げる真似はしないはずだ。
 つまりは、それ以下の扱い。
 中年はそのまま別の男へショーツを手渡し、雪乃にとって最後の衣服は、先の脱衣カゴ同様に部屋の外へと持ち出された。
 もう、雪乃自身では回収できない、場所もわからないどこかで、全ての衣服は管理されている。
 全検査の終了まで、全裸で過ごすことが確定した。

     †

 ショーツを取らせておきながら、次に行われるのは眼科検診や耳鼻科検診といった、下半身とは関係のない内容ばかりであった。
 その最中、胸とアソコを両方隠しても文句を言われないのは幸いだが、必要性もなかったのに、彼らは雪乃の全ての衣服を没収し、雪乃の手の届かないどこかへとやったというわけだ。
 もう、逃げられない。
 実はそういう逃亡防止策だろうかと、薄っすら思う。
 もちろん、好きで恥部を見られたいわけがない。もしこのままアソコの検査がないのなら、その方がありがたい。ただ、すぐにアソコを見るのから脱がしたのかと思いきや、まるで関係のない内容ばかりが続く。それはそれで脱がされ損で、何故そんな指示を出したのだ、という意味で腹が立つ。
 だったらこれらの検査を先にして、その後で脱がせてくれれば、それだけ裸でいる時間は減るというのに。
 無駄な引き伸ばしに思えて、不愉快だった。
 生尻で椅子に座って、鼻や耳、眼球を見てもらう瞬間の、自分の無意味な格好があまりに惨めでならなかった。
 この上、視力検査も行われた。
 右手で遮眼子を持ち、左手でアソコを隠し、カバーしきれない胸と尻を視線に晒しての視力検査は、ランドルト環の方向に集中しにくい。濁流のように押し寄せる恥じらいと惨めさの感情に頭が満たされ、視力なんかよりも、この状況をもっと憤りたい気持ちでいっぱいだった。
 そんな状態で、雪乃は検査をこなしていた。
 小さなランドルト環のわずかな隙間は、さすがに見抜きにくかったが、どうにか雪乃本来の視力を発揮し、結果が低くなるような事態にはならなかった。
 別に、視力で本来の結果が出なかったとで、何を困るわけでもなかったが。

「ええと、次は心電図ですね。用意していたベッドで、横になって下さい」

 これも、ただの脱ぎ損の内容だった。
 指示通りに仰向けになった雪乃は、むすっとした顔で胸とアソコを隠していたが、すぐに手をどけるように注意が飛ぶ。両手を横へ下ろすことになるも、かといって秘所の付近に電極をつけるわけでもないらしく、無意味な露出だ。
 アソコと乳房が、理由もなく眺め放題になっている。
 そんな雪乃を見るために、当然、ベッド周りは男に囲まれ、彼らは思うままに雪乃の肉体を眺めていた。固く突起した乳首に目をやり、毛が茂っているアソコを視姦する。男達の視線を浴びるためだけの、仰向けという姿勢だ。
 医師は黙々と電極を取り付け、四肢と胸部から波形を取るための準備にかかっているが、どうでもいい。雪乃にとっては体を拝まれる続けるだけの、屈辱の時間に過ぎない。
 ――殺すわよ……。
 声に出すわけにいかない変わりに、心の中でそっと呟く。
 そして、自分を眺めるためだけに集まる、いる意味のない男達を、雪乃はやはり睨み返していた。顔の筋肉を限界まで強張らせた、雪乃にできる最大限の不機嫌な表情を、視姦者でしかない連中へ向ける。
 ただ、それだけが続く時間。
 見下ろす男性陣と、見上げる雪乃による、雪乃が一方的に不利なにらめっこ。雪乃の感覚的にはそれだけで時間は進み、その脇で進行する心電図の検査作業など、自分を見下ろす男達の顔が鬱陶しいせいで、意識の中心にはおかれなかった。
 睨み合うだけの、ある意味正真正銘の睨めっこで、雪乃に勝ち目はなかった。
 どんなに顔を不機嫌にして、鋭く睨む視線をしても、顔が始終真っ赤なまま色が引かない。常に羞恥心をくすぐられ続ける環境の部屋では、赤面した顔の色が決して引かない。あるとするなら、恥の程度によっては濃度が変わるくらいで、赤面自体が解けることはありえない。
 もし顔の色が戻るとしたら、全てが終わって衣服が返され、ここから解放される時だけだ。
 雪乃はつまり、ただ最後まで全裸でいるだけでなく、羞恥心の丸わかりな赤面すら直せない。その真っ赤な顔から、どれほどの感情量で恥らっているのかが、常だだ漏れになり続けるのだ。
 そんな雪乃が敵意や反抗心を表情に浮かべても、恥じらいがブレンドされ、純粋に反抗的な顔つきは作れない。羞恥と屈辱の表情、惨めそうな顔つきといった、必ず不純物が混入する。
 今の雪乃に純粋な敵意は出せなかった。
 それを眺めて楽しむ男達と、殺気を剥き出して出来るなら相手を萎縮させたい雪乃による、多数対一人によるにらめっこ。雪乃だけが一方的に屈辱へ沈んでいき、男達は最後まで優越感に浸っていた。
 そうした状況を背にして、医師達による心電図検査の作業は完了し、検査は次へ移っていく。

     †

 ぺた、ぺた、ぺた――

 それは廊下移動。
 次はレントゲンを撮るらしいが、肝心のレントゲン車はなんと校舎の外にあるという。
 雪乃はそこまでの移動を強要され、歩いていた。
 当然、全裸のままだ。
 レントゲンを担当するらしい医師と、立ち合いと称した職員の背中をたどる形で、ぺたりぺたりと、スリッパで廊下の床を打ち鳴らす。

 ぺた、ぺた――

 例え人がいないとはいえ、いつもなら生徒の往来している廊下で裸など、露出を強要されている気分だった。
 すーっと、空気が肌寒い。
 大気が肌を撫でるという、ごく当たり前の日常的現象に、全裸という理由だけでやけに意識がいく。すーっと、すり抜けるような風が乳首を掠め、秘所を丸出しにした股下を通過する。
 どうしようもなく、落ち着かなかった。
 例えるなら、クラスを間違えて教室に入ったり、学年の違う廊下を一人で歩くような場違いの気分。それをもっと、裸という理由で増幅させた落ち着かなさで、全身がそわそわした。
 第一、服を着ないで廊下を歩くこと自体が、捕虜か囚人の受ける扱いを連想させて、雪乃を一層屈辱に浸らせる。

 ぺた、ぺた――

 一体、何をしているのだろう。
 化け物であろうとしてきた自分が、屈辱でしかない扱いを受けている。
 捕まり、連行でもされる扱い。
 悔しくてたまらず、ただうな垂れて廊下の模様でも眺めているしかなかった。

 ぺた、ぺた――

 惨めで、悲しい。
 だが、心が折れてやるなど問題外だ。これしきで泣いたり、喚いたりするようでは、自分の目指すところの化け物が遠のいて終わりである。

 ぺた、ぺた――

 雪乃は屈辱を堪え、廊下を進み、階段を下りる。
 やがて外用のサンダルを出され、履き替え、下駄箱から校舎を出る。
「〜〜〜〜〜〜っっっ!」
 裸体に日光を浴びた雪乃は、恐ろしく顔を歪めて俯いた。

 ドクン――ドクン――ドクン――

 早鐘のようになった心臓が小刻みに音を立て、鼓膜の内側がうるさいほどに、大きな鼓動を慣らしている。

 ドクン――ドクン――ドクン――

 自分で病気を疑いたいほど異常なまでに、雪乃の心臓は鼓動していた。
「――――――!」
 声にならない心の悲鳴が、雪乃の顔面を満たしていた。
 もう、どうにかなりそうだった。
 屋内なら、着替えや入浴時に脱衣はするので、まだしも裸のありえる場所だ。もちろん廊下や教室で、ましてや不特定多数の人前で脱ぐなど非日常だが、例えどんなに恥ずかしくても、冷静さだけは保てていた。
 だが、外は違う。
 レントゲン車は校門の中までやって来ていて、桜の木や体育倉庫が遮蔽物となるので、なるほど一般人には見られない。しかし、外の他人に見られるかどうかの問題よりも、外で全裸でいる事実の方がよっぽどの大問題だ。
 おかしくない理由さえあれば、室内での着脱はありえるが、野外での全裸など何をどう間違ってもありえない。あるとしたら、せいぜい露出狂が裸で外に出たがる時だけだ。
 さしもの雪乃も、気が狂いそうなほどに動揺し、今までにない必死さで恥部を腕で覆い隠したまま、逃げるようにしてレントゲン車へと小走りした。
 そして、中へ入ると。
 まるで命からがら助かったかのようにホッとして、雪乃はようやく息を落ち着けていた。

 ――むすっ

 すぐに不機嫌な顔に戻った。
 何を慌ててしまったのだろう。
 どうせ、見られている対象は変わらない。新たに一般人が視姦に加わる心配などなかったのに、条件が同じなら、素肌に感じる冷たい空気が外か室内かなどどうでもいい。必要以上に焦るだけ焦っても、無意味だ。
 自分がいかに無様だったかを考えて、自戒した。
 ホッとしてみたところで、結局は全裸に変わりないことも含めて、自分を戒めた。
「では撮影を行いますので、そこへ胸を押し当て、機材を抱きかかえるようにして下さい」
「……はい」
 不機嫌に答えて、雪乃はレントゲン機に乳房を当てる。
 部屋が一時的に暗くされ、そのあいだにレントゲン写真は撮影されて、そう時間がかかることなく終了となる。
「さて、戻りましょうか」
「……はい」
 今まで来た道を、逆戻りだ。
 また廊下を歩くことに憂鬱になりつつ、雪乃はレントゲン車を出て校舎の中へ戻っていった。

     †

 次に行う内容。
 それは雪乃の全身という全身をくまなく視触診し、各部位の形状と触感について品評する。といった、極めて不快で気持ち悪い、屈辱的なものだった。
「これは骨格や肉の付き方を調べるものです。皮膚の異常の有無、しこりの有無などを調査、健康を測るといった意味合いも含むものです」
 中年の職員が説明する。
「体を触る内容ですが、指示のない限りは必要以上に動かないように。あまりに身をよじったり、万が一にも抵抗されては、検査の進行に支障が出ます」
 あらかじめ決めてある文章を、事務的に堅苦しく暗唱しているような、形式的な喋り方。
「頭の後ろで両手を組み、足は肩幅程度に開き、背筋を真っ直ぐにしなさい」
 それも、形式的な指示。
 雪乃は不服そうな顔で従った。
「さっさと済ませて下さい」
 自分を取り囲む医師達に向かって、雪乃はただそれだけ、いかにも不機嫌そうに言い放つ。
「よし、じゃあ始めるか」
「はいはーい」
 さあ仕事だ、とでもいったノリで、白衣の医師達は雪乃の視触診へ取り掛かる。
「さて」
 まず雪乃の正面に立つ中年医師が、おもむろに乳房を掴む。
「!」
 あまりにも当然のように揉み始めるので、雪乃は困惑気味に顔を歪めて、すぐに諦めに怒気と悔しさを含んだ表情になっていく。
 胸が堪能されていた。
 中年医師は機材の点検でもする顔つきだが、その手は乳房の表面をゆったり撫で、存分に形を確かめてから包み込む。
「うーん」
 鷲掴みにして、まわすようにして揉みしだき、触り心地を確認している。探るような顔と手つきから、単に揉むのでなく、調べているのだろうことがよくわかった。

 モミモミモミモミモミモミ――

 乳肌の内側を探るべくして、指を躍らせ揉んでいる。
 やめて欲しい。
 そんな雪乃の本心などまるで無視して、ただただ、平然と揉み続ける。

 モミモミモミモミモミモミ――

 中年医師にとって、雪乃の体は故障の有無を確認すべき機材に過ぎない。機材をチェックする程度の気持ちで、まるで人格の存在など無視して、平気で乳房を『点検』する。
 品質チェックのような顔で、中年医師は手先で乳房を救い上げ、下からプルプル揺らしてみたり、乳首を摘んでその硬さを確認している。人差し指でプニっと押したり、何度も表面を撫で直し、繰り返しもみ続ける。

 モミモミモミモミモミモミ――

 雪乃は唇を結んで、グッと堪える表情で、内心では動揺しながら我慢していた。恥ずかしくて堪らないあまりに、目の前の男にビンタでもして怒鳴ってやりたい。暴力を行使してでも発散したい、悔しさからなる衝動を抑えている。
 あなたなんて、殺せるのよ。
 と、心の中で呟くために。
 <泡禍>とは関係ないという理由で、見逃してやるために、我慢していた。

 モミモミモミモミモミモミ――
 モミモミモミモミモミモミ――
 モミモミモミモミモミモミ――

 耐え続けた。
 おっぱいが恥ずかしいなんて理由で人を焼くほど、安すぎる怪物にならないために。
 ただそれだけのために、雪乃は全てを堪えていた。

     †

 乳揉みは一向に終わらない。
「形はまあ美乳だし、普通に健康だね。柔らかくて、単純にいいオッパイだよ」
 と、中年医師。
 それはやはり、品質の点検をした結果を報告するような口ぶりで、いやらしいわけではない。ただ、デリカシーがないことに変わりはない。品質チェックのような、ある意味での物扱いもさることながら、健康なおっぱいと言いつつ、中年医師は揉むのをやめない。
「もうちょっと乳首を調べようかね」
 指責めが桜色の突起へと集中し、雪乃は悶えた。
 硬く敏感になっている部分が、丁寧に指で捏ねられては、不本意な快感が乳房に満ちる。
 雪乃はそれすら、耐えなくてはいけなかった。
「僕が後ろの方を」
 若手医師が雪乃の背中で、まずは雪乃の肩から二の腕にかけてまでを掴んで揉んでくる。やはり、探るような手つきで皮膚を調べて、チェックしている動作である。

 クリクリクリクリ――

 前では乳首を弄られながら。

 モミモミモミ――

 後ろから、肩と二の腕の肉が揉まれている。
 若手医師の手つきは、さわさわと表面を撫でるようなものへと変わり、くすぐったい感触がうなじへと動いてくる。背中にかかった髪をどかしつつ、首の骨にそって指を這わせ、さらに耳まで触ってきた。

 クリクリクリクリ――

 前で、乳首を弄られながら。

 若手医師は肩甲骨に手を這わせ、しだいに背骨にかけて背筋全体をマッサージして、上半身の背面を調べていく。
 生肌をこうして触られるのは、十分に不快で嫌なことなのだが、先により酷い目に遭っているせいで、相対的にどうでもいい。そんなことより、乳首を指で弾いたり、撫でたりされ続けているせいで、乳房に走る性感が気になって仕方が無い。
 いつまでそうする気でいるのか。
 こんな奴の手で、多少なりとも感じる体が憎いし、その原因となっている男も殴りたい。
 それを雪乃は堪えるのだ。
 本来なら背中の生肌も大事だが、悔しさや憤りを覚える対象としては、胸や乳首の方が遥かに優先だ。先によっぽど恥ずかしい目に遭っているので、背筋に指が張ってくる恥じらいなど心の中で置いてきぼりになっているほど、雪乃にとっては乳房の方が大問題だ。
 それでも、背中がくすぐったいのは事実で、加えて乳首が感じてしまう。
 雪乃はそれらを堪え、唇を固く結んだ歪みのかかった表情で世界の全てを睨み続けた。

 クリクリクリクリ――

 乳首を責められながら。

 さわさわさわさわ――
 腰のくびれを左右それぞれ撫でられながら。

 世界そのものを呪わんばかりの、何者をも殺しかねない凶眼で全てを睨み続けていた。

 それはやはり、恥じらいを混入させた赤面顔で……




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