あやめの夜


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 小さな口で先端を包み、唇の内側へとそれを含む。
 仁王立ちする彼の股座で頭を前後させるのは、これでもまだ数回目。しかし、その数回で確実に技を覚えて、あやめの口淫は精を絞り取るのに十分な領域に達している。
「じゅぷっ、じゅるぅ……じゅじゅぅっ」
 ヨダレを立てるような水音を出し、舌使いの技巧で舐め上げる。
「ちゅぅぅぅうぅ……」
 時おり亀頭を吸いながら、繰り返し頬張っては唾液をまぶす。
 息継ぎのために顎を休ませ、その間に握っていた根元を手でしごく。玉袋を触りながら刺激を与え、顎の休憩が済むとまた頬張る。あやめの口内へ収まる限り、半分ほどの長さまでを飲み込んで前後運動を再開した。
「じゅっ、じゅるるっ……じゅるん!」
 懸命な奉仕だった。
 忠誠深い家臣が主に尽すかのように、本当にけなげな顔でせっせと動いて舐めている。先端をチロチロ舐め、先走りの汁を吸い上げ、また飲み込む。その一連の行為をこなすあやめの顔は、一生懸命という他なかった。
「あやめ、出るぞ」
 そう言われ、あやめは肉棒を頬張った状態で待機した。裏筋に貼り付けた舌は動かしながら、上目遣いで相手を見つめて射精の時を待ち構える。
 やがて、脈打つ。
 ドクンと口内で跳ね上がり、吐き出される精液をあやめは口に受け入れた。気を抜けば口から溢れ、今にも床に垂らしてこぼしてしまいそうなほどの量だが、一滴たりともこぼすまいと唇で強く締め付け、喉を鳴らして飲み込んだ。
 精液が食道を通じて腹に収まる。
 そこに屈辱はない。
 あるのはただ、奉仕できる喜びだけだ。
「よかったぞ。あやめ」
「はい、ありがとうございます」
 あやめは微笑む。
「お前はどうする?」
「えっ、ええと……欲しいです」
 求めるものはそういうこと≠セ。それを欲しいと告げるあやめの声は、女の子として消え入りそうなほど小さいものだ。
「後ろから入れよう。四つん這いになってくれ」
「はい、どうぞ」
 言われた通り尻を捧げた姿勢を取り、秘所へ埋め込まれるそれに背中を仰け反らせた。
 あやめが性行為を行うようになったのは、あやめがここに来てから数週間後のこと。
 空目恭一と同じ屋根の下で過ごすようになってからだ。
「端的に言う。あやめ、お前と性交渉がしたい」
「え? ……あ、はい! エッチなこと……ですか?」
 唐突な申し出を受け、戸惑いこそしたが拒否感や嫌悪感は沸いてこない。あの空目が本当にそういうこと≠頼んでくる意外さは確かにあったが、慌てふためくよりも、むしろいよいよ来たか≠ニ覚悟を決めた。
 あやめは人間ではない。
 元は『異界』に取り込まれた神隠し≠ナあり、触れ合う者全てを『異界』へ引き込む存在であったが、空目によって人の世界へ引き戻されたのだ。『異界』にも『現界』にも受け入れられない存在となり、あやめの還るべき場所はもうどこにもない。
 空目だけが寄る辺となり、傍らに身を寄せていた。
 ただ、他に居場所がないからそこにいる。それだけだった。
 自分を神隠し≠フ存在として買っているに過ぎない空目が、まさか本当の求めてくるとは思わなかったが、仮にも男女が同じ家に暮らしていたのだ。しかも両親はおらず、その気になれば空目はなんだって出来る立場にいる。
 だから半ば覚悟はあった。
 いずれは肉体を求められる……かもしれない、と。
 あくまで仮定に対する覚悟でしかなかったが、いざそれが現実となってあやめは心を決めていた。
「もちろん、お前の意志と判断で決めてくれて構わない。無理強いはしない。だが、俺にも生物学的な欲求はあるからな。頼んでみることにしてみたんだ」
 拒否権はあった。
 あやめが拒めば空目はそうか≠ニだけ答え、それ以降は頼んで来なくなるに違いない。ただ溜まった欲望を効率よく処理できるかどうかの確認だけで、間違っても愛し合う恋人同士が求めてくるそれではない。
 それが使用可能かどうかのチェック。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 拒んだとして、そのせいであやめに不利益が発することはありえない。ただ今までと変わらない関係が続くだけなのだろう。
 それでも、あやめはそれを受け入れた。
「……はい、わかりました。抱いて下さい」
 ゆっくりと、恥じらいを堪えてそう答えた。
 元々、興味があったのだ。
 性行為そのものにではない。触れ合うことにだ。
 それまで人の世界から切り離され、永遠のような孤独の中にいたあやめは、自分に近づく人間全てを隠してしまう存在だった。誰かを自分と同じ存在にしてしまうようなものが、決して人と触れ合ってはいけないと思っていた。
 それを、変えてくれた。
 空目の手によって、初めて彼の傍に居場所を得た。
 人の隣にいられるようになった。
 それが例え、愛だの恋だの、人間の純情性をカケラも信じない男であっても、人肌の温もりに寄り添えることが幸せだ。
 空目の性格であろうと、自分を『異界』から連れ出してしまった男だ。好意を抱かないことなどありえなかった。
 そんな彼が自分を温めてくれるなら、肌と肌を触れ合わせることには興味がある。優しく触れられ、スキンシップを交わせる機会に繋がるなら、それが性行為だろうと構わないというのがあやめの心だ。
 気の遠くなるような時間のあいだ人との触れ合いに飢えていた反動で、順序を通り越しての性行為だろうと構わない心境だった。
 だから、あやめは言った。
「……抱いて下さい」
「ありがとう。お前の全ては俺がもらう」
 胸の中へ抱き締められ、心臓が高鳴った。乙女が恋に興奮するような、あるいは彼の胸の温かさに、はたまたは自分を独占しようとする言葉に痺れた。あやめ自身にも正体の掴めない興奮があやめを包み、目を薄っすらととろけさせた。
 これが、人肌。
 あやめが神隠し≠フままだったら、絶対に得られなかったもの。
 それが今、手に入っている。
「優しくしてくれたら……嬉しいです」
 儚く口にすると、空目は言った。
「お前の満足にいくようできるかはわからないが、日下部に少女漫画を押し付けられたことが何度かあってな。中には間接的な性描写もあったか」
 そっと包み込むようにして、いたわるようにベッドへ寝かされて、電気を消した薄暗い中で一枚ずつ脱がされる。
 やがて一糸纏わぬ姿になった後、耳元で囁かれた。
「愛している。と、言えばいいか?」
「……はい。嘘でもいいから、そういう言葉が嬉しいです」
「わかった。愛している」
 耳にくすぐったい言葉が、心への快感だった。
「お前の全てに触れる。逃がしはしない」
 腰のくびれを撫で上げられ、くすぐったさにゾクゾクした。
「あやめは俺のものだ」
 ぴったりと肌に張り付く手の平が、だんだんと胸へ近づいてきてドキドキした。
「……とても柔らかい」
 揉みしだかれ、頭が爆発しそうになった。
 長い愛撫で全身を丁寧に撫で回され、少しずつ何か≠ェ高まった。自分でも何が高まっているのかはわからなかったが、確かにあやめの中で何か≠ェ膨らみ始めている。素肌を優しく撫でる手の温度に身をよじり、それに浸っているうちにやがて理解した。
 嬉しさ、なのだ。
 ぴったりと重なる体の温度に心がとろけ、自分を貪らんとする手つきに肉体がきゅんと喜びを上げている。
 もう、どうすればいいのかわからない。
 初めて胸を揉まれて、乳首を摘まれ、どうしようもないほどに頭の中が熱くなり、あやめはひたすら赤面している。
「夢じゃ……ないですよね?」
 嬉しすぎて、もしも夢ならそれは嫌だとさえ思った。
「? そうだが」
「現実……ですよね。夢なんかじゃ……ないですよね」
 自分の置かれる事実を確かめるかのように、あやめは自分の乳房に集中する。丹念に揉み込み、頂点を指で虐めてくる触感をじっくり確かめ、自分の身に起きているこの出来事を存分に味わった。
「下も確かめさせてもらうぞ」
「――あっ!」
 秘所へ手を伸ばされかけ、あやめは咄嗟に腕を掴んだ。
「どうした? やはり嫌か」
「違います。その……そこへ行く前に、まだしていないことが……」
「していないこと?」
「はい。その……ぎゅっと抱き締めて、色んな場所に触れてもらいましたけど、まだ残っていることがあると……思います」
「キスか」
 あっさり言われ、肩が弾んだ。
「――っ! はい……」
 あやめはみるみる赤くなり、恥じらいに震えながらこくこくと頷いた。
「そうか」
 空目が呟く。
 次の瞬間。
「――んぐっ」
 唇を塞がれ、あやめは一瞬だけ目を丸めた。
 一瞬丸め、すぐにとろけたように目を細め、瞼を閉じた。
 これが初めてのキスになる。
 きっと本来なら縁のなかった感触が、唇の触れ合う感触が確かにそこにあることを感じ取り、目を瞑ったまま心をうっとりさせていた。
 もっと長く味わえるように、あやめは空目の頭を押さえ込む。
 少しでも長く重ねてもらえるように、息継ぎをしながらでも繰り返し触れ合わせてもらえるように、あやめが空目を逃がさなかった。
 胸と胸が触れ合わせ、お互いの肌を感じ合えるように力強く抱き締めた。肉体を通じて伝わる相手の心臓、脈拍、息遣い。全てを感じようと、味わおうと、腕に力を込め続け、空目ならされるがままとなるのをいいことにした。
 そのうちに次のステージへの好奇心が沸いた。
 もっと深く触れ合ったら、どうなるのか。
 過去に感じ続けた孤独の全てを帳消しにできる気がして、とてもとても興味が沸いた。単なる性的好奇心ではなく、あやめのそれはどこまでも人と繋がり合うことの延長線としてであったが、それなりの背徳感があるにはあった。
 これから、いけないことをしてしまう。
 しかし、禁忌に触れることへの好奇心も同時にあった。
 禁忌を破ってもらえる空目への期待感もあった。
「触れてください……私の、大事なトコロ」
 とうとう、あやめは懇願した。
「いいだろう」
 そして、空目の指が秘所を嬲った。張り付くような指遣いがそこを責め、膨らみを練り込むようにして愛撫してくる。
「あっ、あぁぁぁ……」
 頭が熱で溶けるようだった。
 股のあたりがじわじわ疼き、熱く快感が迸るような感覚に連動し、頭の中までどうにかなりそうなほどあやめは興奮した。否、ただ気持ち良さや嬉しさだけでなく、こんなところを触られているどうしようもない恥ずかしさも合わさって、溢れんばかりの感情量にとっくに頭がショートしているような状態だ。
「すごい……すごいです……!」
「気持ち良さそうで、何よりだ。まだコツがわからないが、こういう感じか?」
「はい! それ……それがいいです……!」
「理解した。愛撫の力加減が掴めて来たぞ」
「はい……! もう、どうにかなりそう……です……!」
 蜜を垂らしたその股で、刺激が走るたびに身をよじる。あやめは何度も表情を変えながら喘いでいき、やがて恥ずかしさも忘れるほどに、秘所を貪る指遣いに沈んでいく。流れる蜜はベッド上にシミの円を広げていき、ひどくぐっしょりとした濡れ具合になっていた。
 準備は万端だ。
「……あやめ、このまま行くぞ」
「はい、来て下さい……!」
 入り口に亀頭が当てられ、あやめは緊張に身を固めた。全身を強張らせ、表情を硬くして唇を強く結び、秘所への侵入に力を抜く。
 ゆっくり、ゆっくり。
 未経験の膣壁を拡張しながら、太い一物がしだいに埋められていく。
 その少しずつ挿入される感覚を、緊張した体で味わった。否、味わうなどというものではない。初めて経験する、これが初体験となる行為を大事にしようと、全身全霊をかけて集中力を注ぎ込み、あやめはこの抉られていく感触を記憶に刻み込もうとしている。
 これから、性交だけなら何度でもできるだろう。
 だが、初めては一回きりだ。
 一体自分の処女は奪われているのか、それとも捧げているのか。
 ともかく。
 空目での処女喪失を一生の記憶に留めておこうと、押し込まれてくる一瞬ずつの全てを頭に焼き込んでいる。破瓜の痛み、狭い穴に埋め込まれてキツい感覚、だけど嬉しいこの気持ち。何もかもを忘れない。
 大切な宝物を集めるように、覚えることに全集中力をかけ、あやめは挿入を受け入れていた。
 ぴたり。
 と、肉棒が収まる。
「動くぞ」
 空目の腰が弓なりに引かれ、そして――
「ひぁっ!」
 ――突き上げられた。
 これが交わり。
 腰振りをする空目の背中を抱き返し、膣内に受ける出入りの感触に浸り込んだ。未経験の穴ではそこに快感は発生しない。不思議と、そこは人間の体と同じ基準だ。初めてには痛みがあり、いきなり気持ちいいというわけではなく、しかしだんだん慣れてくる。
 ああ、自分のナカが空目の形に変わっているんだ。
 粘土の変形ほどわかりやすくはないだろうが、膣内が肉棒の形に馴染んで、キツさがなくなっていくのがわかる。
 これが、初めて。
 絶対に忘れない。
 空目は人間、自分は異存在。
 いつまで一緒にいられるのか。そもそも、いつしか別れるのか。これからのことなどわかりはしないが、この記憶だけは大事にする。
 本当の愛などなくとも、人と触れ合えた幸せは立派な思い出だ。
 やがて、耳元への一言。
「あやめ、出るぞ」
 ああ、もらえるんだ。
 そう思った次の瞬間、ドクドクと流し込まれた。
 これが、男の人の熱さというもの。
 忘れない、記憶に刻んだ。

「私は……幸せです…………」

 手に入らないはずだった思い出が、手に入った。
 それだけで、いや、そのことにあやめは満足だった。




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