幽霊電車は痴漢の巣窟 柳瞳佳


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 都市伝説があった。
 百合谷市を走る電車の中には、かつて人を轢き殺したものが今でも走り続けている。その車両に乗った女性は、死んだ男の幽霊と出会うことがある。
 それと、もう一つ。
 その電車は何人も殺したらしい。

 さわっ、

 痴漢だった。
 満員状態で周囲との密着を余儀なくされ、息苦しく過ごすことになる柳瞳佳は、銀鈴学院高校の制服を着て、そのスカートの上に手の平の感触を感じていた。
 べったりと貼り付いた手は、瞳佳が何も抵抗しないばかりか、思わず俯いてしまう反応を見るに動き出し、まずは尻の丸みを撫で回す。上下に、あるいはぐるぐると、いやらしく軽やかな手つきで撫でていき、しまいには揉み始めていた。
 嫌だな、と、瞳佳はそれを我慢していた。
 活発か大人しいかでいえば大人しい、強い意志を持って何かを主張したり、目上相手に動じず引かないといった、強気な一面を持ち合わせているとは言いにくい。痴漢はもちろん許せないし、肘打ちの一つも喰らわせたいが、逆上してくる手合いだったらどうしようかといった不安もあった。
 痴漢を駅員に突き出そうとして、逆に男の方が怒りをあらわに暴力を働き、といった加害者側が暴利を奮ったケースをどこだかで聞いたことがある。
 たかが尻を触られているだけと割り切るべきか、それとも女子高生の尻を触った立派な銃犯罪者として断固許すまじとするべきか。そう考えるとわからなくて、わからないまま瞳佳は我慢しているのだった。
 それに、だ。
 瞳佳の背中に密着している男性は、瞳佳に対して背中を向け、つまり背中合わせの状態で、しかもどうにか肩越しに振り向きながら見てみると、つり革を掴んだ上でスマートフォンまで弄っていて、両手とも塞がっているのだ。
 他の瞳佳に触れるであろう距離の男も、ことごとく両手で本を読んでいる。スマートドンを両手で弄る。つり革を掴んでいるなど、とにかく瞳佳のお尻に触りうる男が存在しない。
 だというのに、瞳佳のお尻は間違いなく触られていた。
 生きた犯人がいないのに、誰を突き出すことも出来るわけがないのだった。

 もみっ、

 手が、増えた。
 同じくつり革を掴んだ瞳佳の右腕は、そのため胸をガードできない状態で、隙を突くべきして脇の後ろから忍んだ手が、大胆にも鷲掴みにして揉み始めていた。
 まさか、こんなところで。
 しだいに温度が下がってゆく感覚がした。
 空気が重く、暗くなっていく感覚。
 それは他でもない、瞳佳の『霊感』が感じる方の、嫌な感じ。腕が、顔が、首筋が、露出して空気に触れている肌の部分が、だんだんと嫌なものを感じ取り、ぞぞ、と産毛が逆立つ感覚が這い上がってゆく。
 この電車は良くない。
 いわくつきの場所で時々あった感覚だ。
 ここは良くない。
 まるで冬場の冷気に全身を晒されているかのように、完全に冷え切った瞳佳の身体は、寒くてたまらないかのように鳥肌を広げている。それだけ冷えた感じがするのに、這い回る『手』には、あたかも生きた体温があるようで、おぞましい温もりを宿していた。
 ぱちりと、制服の内側で、ブラジャーのホックが外れた。
 どのように力が働いて、どうして外れてしまったのか、想像さえできはしない。とにかく急に一瞬だけ、下着の締め付けが強まったと思ったら、もうホックは外れてしまって、瞳佳の白いブラジャーは緩んでいた。
 さらに次に感じたのは、乳首が両方とも、指につままれている感覚だ。
 自分の胸元を見てみれば、正面にいる男の背中から、誰のものでもない手が生えて、その背中から生えた手こそが、制服を透かした向こうにある乳首を刺激していた。
 そして、うなじだ。

 ぺろぉぉぉぉぉ――。

 首にかかった髪をかきわけ、後ろから、長く伸ばした舌でねっとりと舐め上げた。
 気づけば太ももにも手があった。腕にも、腰にも、鎖骨に、耳に、頬に、頭に、いたるところに無数の手が、大群で一つの獲物にたかるかのように瞳佳に殺到して、ありとあらゆる箇所にかけてが撫で回された。
 嫌だ、気持ち悪い。
 肌の粟立ちに耐え切れず、我が身を抱き締めたい衝動にかられるが、そう思ったときには手首を掴んで離さない手まで現れて、瞳佳にはもう抗えなかった。
 ショーツが勝手に下がっていた。
 あたかも下着自身に意志があり、ナメクジが這うのと同じ移動方法を会得しているように、危うくスカートの丈から出ていきそうな危うい位置まで動いていく。
 生尻に手は群がり、アソコを愛撫したくてたまらない指の数々も殺到した。
 きちんとスカートに隠れているはずの生尻は、指の力によって割れ目が開かれ、肛門をぐりぐりとほじろうとする指が菊座に居座る。丸いカーブを可愛がり、その上弦をくすぐり、下弦を持ち上げんばかりのタッチで責める。
 もうそれは、単に『手』と称するべきではなかった。
 いくつもの手と手が、だんだん癒着していって、その結果生まれる人間の指で出来たイソギンチャクとでも言うべきものが、瞳佳のお尻を執拗に愛でていた。
 アソコにもそれと同様のものが居ついていた。
 性器の皮を、膣口を、クリトリスを、そして秘所に殺到しきることの出来ない余った指は、その周囲の皮膚を指先でそっとくすぐり続けている。
 腰をがっしり掴むかのような二つの手が、くびれに沿って上下に動く。
 ヘソをつついている指が、穴のまわりの皮膚まで嬲る。
 太もものいたる部分に張り付いた手が、揉むように撫でるように、それぞれ這う。
 両耳とも弄ばれ、うなじもくすぐる対象とされ、乳房にも複数の手が群がる。胸を揉めない余りの手も、仕方なく肩や二の腕の肉を揉み、肋骨の皮膚を這う。
 あまりにも、おぞましかった。
 もしも男性の手首を切り取って、おびただしい数の手を詰め込んだ『手の風呂』が存在したなら、今の瞳佳はそこに裸で浸かっていることと変わらない。瞳佳の皮膚面積のうち、およそ手垢がついていない部分など、もう一ミリ平方とて残っていなかった。
 肌中が戦慄に粟立つほどの、途方もないおぞましさでありながら、女性を嬲ることに慣れた手の集合体は、着実に瞳佳のことを気持ちよくさせていた。
「あっ……あ、あぁ……ふぅ……んぅ……んぁぁ…………」
 否応無しに感じる瞳佳は、低く苦しく呻くかのような、そんな喘ぎ声を漏らしていた。
 くねくねと腰を揺らして身悶えしている瞳佳の様子は、周囲の一般乗客の目を少しは引いているのだが、あえて様子のおかしな人間を気に止めようとする者はいなかった。いないのだがチラチラとした視線が皆無というわけでもなく、その一つ一つが瞳佳の羞恥を煽っていた。
 まさか、こんな目に――。
 自分の体質によって、巻き込んでしまった誰かが怪我をしたり、あるいは亡くなったことさえ過去にはあった。
 しかし、今は瞳佳自身だ。
 こうなると心のどこかで諦めがつく。
 どちらにしろ、これをこの場で払う方法など知らない瞳佳には、自分のせいで人が死んだことがあるのだから、少しは何か報いがないと、釣り合いが取れない気がするような、この状況はそういう気持ちを呼び起こすのに十分なものだった。
 やがて、瞳佳は絶頂した。
 イって頭が真っ白になっても、手は愛撫をやめてはくれず、むしろ余計に活発化して、瞳佳をもう一度イカせようと張り切った。
 何度も、何度も、電車の中で身体をビクビクと痙攣させ、アソコから愛液を流したと思う。
 瞳佳の流した膣分泌液の香りが、周囲にも漂って、どれだけの人が怪訝な顔を浮かべたり、いやらしい女を見る卑猥な視線を送ったかわからない。
 瞳佳は、痴漢にとり憑かれた。

     ***

 その日、夢を見た。
 いや、夢というよりは、もしかしたら『情報』だったのかもしれない。意識が妙に鮮明化していて、なのにぼんやりともしていて、これは夢なのだと自覚的でいられるものの、もしかしたら本当は夢ではなく現実かもしれないとも錯覚した。
 そういう夢の中で、瞳佳は電車の中にいた。
 電車内で、挿入されていた。
 窓に両手を添えた瞳佳は、尻を後ろに突き出して、そのスカートがすっかり捲れ上がった丸出しの尻の後ろから、バック挿入によって貫かれていた。
「……あっ! あんっ、あん! んん!」
 ピストンによって喘ぎ声を漏らす瞳佳は、窓の景色をじっと眺めた。
 しかし、窓には街や自然といった景色はない。
 映っているのは、車内を鏡のごとく反射したものだ。
 他にもいる無数の男が、まるで次に挿入する順番待ちのように、あるいは鑑賞のために群がるようにして、一人一人がぼぅっと立ち尽くしている。
 それだけ、意味もなく眺めていた。
「あぁ……! あっ、んんぅ……!」
 一心不乱に貫いてくるせいで、後ろから身体を揺らされて、だから視界もぶれる瞳佳は、それでも窓に映ったものばかり無意味に見ていた。
 しかし、そこでだ。
 ふと、何気なくアソコに意識をやる。
 棒の太さが穴幅を微妙に押し広げてくるちょっとした窮屈さと、だから自然と締め付けてしまう自分自身の膣肉の力と、肉棒の皮膚と膣壁が、愛液の粘性によって癒着し合って馴染みきり、その摩擦が大きな快感となって背中にまで競りあがることだけに集中していた。
 これは『映像』なのだと思う。
 画面を解して視聴する普通の意味の映像と違って、魂がそこに吸い取られるというべきか、自分自身が人物と化して体験しているというべきか。ともかく体験的な情報が、きっと再生という形によって流れていると、瞳佳はおぼろげにぼんやりと理解していた。
 ああ、だけど気持ちいい……。
 急にバック挿入の男が、肉棒を引き抜いたと思ったら、尻には熱い白濁が降りかかった。これが精液というものなのかと、実感として初めて知りつつ、射精した男が下がると別の男が前に出て、異なる体位に瞳佳を導く。
 騎乗位だった。
 寝そべった男の上に跨り、瞳佳が上下に弾むことにより、肉棒に刺激を与える。尻を揺さぶる運動に伴って、身体を持ち上げてから、腰をずっぷり落としてやると、肉の深い部分まで棒が食い込む。
「あぁぁ……あふぁぁ……!」
 その落ちると食い込んでくる感じを味わうため、夢中で腰を持ち上げて、尻を落として、そうしていると左右にも男が寄ってくる。
 左右の二人は、瞳佳に何を求めるのか。
 自然と理解した瞳佳は、両手で二本の肉棒を握り、できるだけしごきながら、騎乗位による上下運動に励んでいた。
 当然、そんなことには慣れていない。
 だから非情に拙いものとなったのだが、時間をかければ射精にいきつき、左右の男が発射する精液は、瞳佳の頬の両側にべったりと張り付いた。騎乗位による射精は中出しとなり、膣内が白く汚れて、棒を抜いたら穴から垂れた。
 四つん這いでのバック挿入。
 すると、正面にも男が現れ、肉棒を突きつけてくるものだから、瞳佳はそれを、あむっ、と咥えた。少しは舌を動かしたり、唇を駆使するが、拙い技術に力はない。なのであとは、尻を打ち鳴らす腰振り運動で、身体が前後に揺れることに合わせてやり、何とかして肉棒を口で前後にしごいていた。
 そんな、夢。
 目が覚めると、瞳佳のアソコは愛液にまみれていた。
 きちんとパジャマで寝たはずが全裸で、下着は脱ぎ散らかしてあり、高校生にもなっておねしょをしてしまったようにしか見えないシーツのシミが、誤魔化しようもなく広がっていた。
 それから、精液の香りがツーンと部屋の中を漂っていた。
 それが精液と知らない瞳佳は、一体何の匂いなのかと、首を傾げることしかできない。
 しかしそれは、精液の匂いなのだった。

    ***

 都市伝説の内容は痴漢。
 ある日、逆上した痴漢と、気の強い被害者女性で争いになり、争う末に男が線路に落ちた挙句に轢かれてしまった。
 それから、その車両には幽霊が出るようになる。
 幽霊が痴漢をやる。
 霊感などない女性達は、間違った男を摘発して、駅員達のあいだでは、この車両は痴漢冤罪が何故か起きやすい不思議な車両ということになっていた。
 その電車が、よりいわくつきとして知られるようになったのは、冤罪被害者となった複数の男性が、線路へ飛び出して自殺を図ったことからだ。次々と冤罪被害者を轢き殺し、負の実績を積み上げた車両は、今でも走り続けていると言われている。
 初めて幽霊電車の存在が知れ渡り、都市伝説にまでなってから、誰が取材に奔走したのか調べ上げ、その電車に積み重なった負の歴史を解明した。
 どこかのホラー小説には、これをモチーフにしたと思われる車両が登場するらしい。
 柳瞳佳が後から知った情報は、これが全てだった。




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