貴澄夏生の身体測定


目次に戻る


 *原作一巻 クラッシュ3より


 時代を遡るほど、今では考えられない常識や風潮が存在した。
 例えば教師の権威が強く、普通の生徒は逆らえない。従うのが当たり前であり、ちょっとしたことで煩い今と違い、もっと絶対的なところがあった。
 ならば、中には暴君のように振舞う教師がいても、決しておかしくはないのだった。
 剛柔高校の蝶野先生。
 彼ほどの暴君はない。
「それスペルが違うんじゃないですか」
 と、英語の授業中。
 黒板への書き間違えを指摘され、ただそれだけで生徒を睨み、気に食わないとばかりに蝶野はその生徒を怒鳴りつけた。

「俺にいちゃもんつけんのか! このヤローッ!」
「キサマら気安く俺に声かけんじゃねえっ!」
「俺が正しいんだ! 俺が絶対なんだよ!」

 胸倉まで掴んでこの言い様だ。
 体育の授業では、手取り足取り指導と称して、女子生徒の身体を撫で回す。そのセクハラに文句を言ったり、嫌がったり逆らえば、さも相手が悪いかのように罵り始める。自分は教師だから正しくて、生徒ごときが生意気にも意見を言うのは絶対悪とばかりに怒鳴るのだ。

 こんな教師がだ。

 パンツ一枚での身体測定に立ち会ったら、果たしてどうなるのか。

 やはり、今でこそ考えられない話だが、そのような格好で測定を行う時代があった。脱衣こそが身体測定時における正装であるかのような、今時では理解されない概念が存在したのだ。

 クックック!
 貴澄夏生の裸を見てやる。
 あいつには恨みがあるからなぁ?

 以前、紆余曲折あって、実は蝶野正彦は夏生と決闘をしたことがある。
 アメフトのユニフォームとプロテクターで装備を固め、タックルをかまして勝とうとしたが、あえなくギブアップと言わされた。勝負はついたと思わせて、後ろから掴みかかろうとする卑怯な手まで使ったが、背面上段蹴りによって沈められた。
 あの時の敗北を晴らし、思い知らせてやるチャンスだ。
 蝶野がこれを逃すはずはなかった。

     **
 
 測定当日。
 既に脱衣を済ませた貴澄夏生のクラスは、それぞれパンツ一枚のみの姿で、身長計や体重計に列を作って、順番にその測定を受けている。
 なつきにも、やがて身長計で背筋を伸ばすべき瞬間が訪れていた。
「くくくっ、俺が補助をしてやるぜぇ」
「蝶野先生……」
 補助と言い張り、あからさまに女子生徒の乳房を視姦する。
 そんな蝶野の元に並んで、一人ずつ身長を測ってもらうのは、蝶野にオッパイを見られるための順番待ちでもあるのだった。
 そして、今はなつきの番というわけだ。
「どうした? きちんとした姿勢じゃないと計れないぞ?」
 なつきは両腕のクロスでがっちりと、自分の胸元にガードを固めている。
「補助なんていらないと思いますけど?」
 強気にも言い返す。
 すると――。

「そーだそーだ!」
「ほじょなんていらなーい!」
「かえれかえれ!」

 それに便乗した周りの生徒が、こぞって蝶野にブーイングを送り始まる。
 無論、これで引き下がる蝶野ではない。

「ええい! 黙れ黙れ! ココでは俺が正しいんだ! 俺が補助をしてやると言ったらお前らは大人しく補助を受ければいいんだ!」

 怒鳴り、喚き散らすばかりか――

「それとも、内申下げられたいかぁ?」

 実に愉快そうな笑顔で内申点を盾にした。

 黙るしかない女子生徒の面々は、自然となつきに視線を送るが、なつきだって点数評価をダシにされては逆らえない。

 ――み、見せるしかないんだ……。

 屈辱を噛み締めながら、なつきは両腕を下げるのだった。
 直立不動。
 両足のかかとを揃え、横に下ろした両腕を真っ直ぐに、背筋も正しく伸ばしている。しっかりと顎を引き、すぐにでも測定を済ませてもらうための体勢を整えていた。
「……」
「…………」
「………」
 なつきの乳房が晒されたことが、そのままクラスの女子全員の敗北であるように、全ての女子生徒は静かに沈みきっていた。
「おうおうおう。空手なんてやってるくせに、おっぱいは女じゃねえか」
 ここぞとばかりに、蝶野はなつきの胸を品評する。
 形がどうだ、大きさがどうだ、乳首の色がどうだのと、楽しげに語って勝ち誇る。パンツが白いことまで声に出して指摘して、なつきの顔は瞬く間に朱色に染まる。
「いい加減にして下さい!」
「なんだ? 文句でもあるか?」
「早く測ってくれないと、後がつかえると思います」
「生意気な口の利き方だなぁ? 一回、俺にまぐれで勝ったぐらいで、ちょっと調子に乗っているようだなぁ?」
 まぐれではないのだが、暴君の中ではそういうことになっている。
「――ぬっ!」
 そのとき、なつきは顔を引き攣らせた。

 手の平をべったりと、腹部に貼り付けてきたのだ。

 それは背中が身長計から離れないため、手で押さえてやるという措置なのだが、そんなことをしなくてもずれはしない。しかし、蝶野に言わせれば生徒はだらしなくて、姿勢が悪いものだから、こうして押さえてやらなければ話にならないと言い張るのだ。
「ほーら、動くなよ? 動いたら、お望み通りさっさと測ってやることができないからな」
 そんなことを言いながらバーを下ろすも、蝶野は一向に数字を読み上げない。
 それどころか、セクハラ行為に熱を注いでいた。
「んっ、くぅ……」
 五本の指でそーっと、産毛を辛うじて撫でるような、触れるか触れないかといった手つきで腹部をくすぐる。
「なんだ? どうした?」
 さらに耳に顔を近づけ、わざとらしく息を吹きかけた。
「やめて……ください……!」
 なつきは横目で蝶野を睨む。
 その気になれば、なつきの方が強いのだ。もう一度決闘をして、勝つ自信は大いにあるが、それだけに手荒な真似に打って出るわけにはいかないのが、余計に歯がゆい。
 だいたいパンツ一枚の格好は、それだけで不利な状況に立ったというか、相手が上位で自分が下位になったというか、服を着た男を前に差がついている気持ちにさせられる。
「いいか? 空手なんてやって強いつもりだろうがな。所詮は女だ。思い上がるな。男は脱いでも問題ないが、お前はそうはいかないんだ」
 あの時の腹いせなのだろう。なつきにもよくわかった。自分を負かした女が、こうして裸を晒しているほど、蝶野にとって面白いことはないだろう。
 確かになつきが男であれば、こんな気持ちにはならないであろう事実が、ますます恥辱を煽るのだ。
 それでも――。
 
 ――このエロ! スケベ! 変態教師め!

 心の中では言いたい放題、なつきは蝶野を罵って、そんな気持ちを視線に乗せて、蝶野のことを睨み続ける。
 その瞬間だった。
「――いっ!」
 蝶野はわざと、指先で乳首を掠めた。
「おや? 動いたな」
「今のは先生が……」
「言い訳するな! お前は動いたんだ! おかげでバーがずれたじゃないか! もう一度きちんと姿勢を取り直せ! やり直しだ!」
「……外弁慶のくせに」
 なつきは小声で漏らす。
「くくくっ、何か言ったか?」
「いいえ、別になんでもありませんよーだ」
 仕方なく姿勢を取り直し、なつきは以前のことを思い返した。
 あの時は母親の雅美が現れ、蝶野のことを叱りつけた。許して、お願い、お助けと、日頃の暴君ぶりからは想像も出来ない哀れな姿で棒に打たれ、縮こまっている姿を見て、なつきとしては「手ぬるい」と漏らしたものだ。
 だが、今はその雅美もいない。
「ほーら、今度は動くなよ?」
 すっかり、いい気になっている蝶野は、これから乳首を触ってやると言わんばかりに、長く伸ばした人差し指で乳房に迫る。

 ――ま、まさかまた触るんじゃ!

 頭の上にバーが当てられ、動けばまた再びやり直しを宣告される。
 動かなくても、乳首に指が近づいている。

 ――嫌だあああ! この変態教師め!

 しかし、やり直しになれななるほど、セクハラを受ける時間は長引くのだ。
 なつきは泣く泣く――

 ――ポチッ、

 と、ボタンでも押すかのように、指の腹で乳首を押されることに耐えるしかなかった。
「えーっと、どれどれ? 貴澄夏生の身長はーっと」
 わざとらしく、蝶野はゆったりと視線を送り、数字の部分に目をやった。

 ――動いたらやり直し! 動いたらやり直し! 動いたらやり直し!

 自分自身に言い聞かせ、必死なまでに目を瞑り、つい動こうとしてしまっている自分を抑えている。
「なるほど、わかったぞ」
 ただ数字を読むだけで、さも苦労の末にようやく情報を掴んだような口ぶりだ。
 そして、わかったと言いながら、やはりすぐには読み上げない。
 乳首をつまみ、指で刺激を与えながら、数秒間遊んでやっとのことで、蝶野はなつきの身長を読み上げる。

「貴澄夏生の身長! 160センチ!」

 必要以上の大声だった。
 しかし、それさえ終わればこちらのものだ。
「ふん!」
 なつきは蝶野の腕を払いのけた。
 その空手の実力を持ってすれば、普通の人間がそうする以上に遥かに早く、手業を繰り出す速度によって弾いていた。
 今一度両腕を使って、フルに乳房を覆い隠した。
「キサマまだ生意気だなぁ」
「先生が時間をかけすぎだと思うんですけど」
「そうだな。今度は手早く、スリーサイズを測ってやるよ」
 そして、メジャーによる測定に移っていく。

「お待ちかねの測定ターイム!」

 スリーサイズの順番列にまわって、やがて番を迎えたなつきの前には、当然のように蝶野が現れメジャーを伸ばす。
「別の先生だったのにわざわざ……」
 そう、なつき以外の女子生徒は、この場にいる別の教師が測っていたが、なつきの順番となるやそれを押しのけ、我こそとばかりに意気込みをかけている。
「頭の後ろの両手を組め、測りやすいようになぁ!」
「むぅ……」
 不満の表情を浮かべるなつき。
 しかし、そうするより他はなく、腕のクロスによるガードを解いて、後頭部に両手をやって乳房を晒した。
「そうそう。いい眺めだ。そうやって俺の言いなりになってりゃいいんだよ」
 ネックレスをかけてやるかのように、頭の上からメジャーをかけ、わざわざ乳房に目盛りを合わせる。
 数字を読むため、至近距離まで顔を近づけた。
「83センチ! お前のバストは83だ!」
「声でかすぎです!」
「ギャハハハハ! 次はウエストだぁ!」
「うぅっ……」
 メジャーを下げ、腰に巻く。
 ヘソに顔を近づけた。
「58センチ! はは! 58だったのか!」
 いかにも勝ち誇った笑みを浮かべて、最後はヒップの測定だ。
 尻の高さに下げたメジャーを巻き直さんと、蝶野はわざと腕をまわした。なつきの両足に抱きつかんばかりに、後ろへやった手の平で、ぐにっと、尻たぶを思い切り掴んでいた。
「なっ! 先生! 今度こそ許さない!」
 もう黙ってばかりはいられない。
 蝶野を懲らしめてやりたくてたまらなくなったなつきは、とうとう声を荒げていた。
「おっと? 校内暴力か? いいぞ? 内申点を下げちゃうけどなぁ!」
 そんな姿を見て、蝶野は嬉々としてなつきを煽る。
「もう一度私と決闘して下さい!」
「くくっ、断るぜ!」
 大喜びで突っぱねた。
「んな……!」
「そもそも、俺は空手だの武術はやらない。アメフトなんでな。お前がアメフトをやるなら考えてもいいが、できないよなぁ?」
「それは……」
「ま、大人しくしていれば、あと一分くらいで済ませてやるよ」
 両手でグニグニと、存分に尻を揉みしだいた。いやらしく指を躍らせ、マッサージに励んでいたかと思えば、途中で左右の四指を、合計八本の指をパンツ越しに割れ目に沿わせ、尻肌を上下に撫でた。
「カンペキな職権乱用です!」
「その生意気な口が問題だな。この前は横暴な態度を取ってごめんなさいと、きちんと俺に謝れば許してやるぞ?」
「横暴なのはどっちですか」
「じゃあ、あと一分くらいかかっちゃうなー」
 さりげなく時間が追加され、なつきは必要以上に耐え忍んだ。
 尻の垂れ目に指を引っ掛け、持ち上げるかのようにしてきたり、パンツの布地をたっぷりと撫で回したり、こんなことに耐えなくてはならない六十秒は長かった。
「ケツは85センチか!」
 なつきの情報を握った蝶野は、実にいい気になっていた。
「だからそんな声で!」
「83・58・85! 83・58・85!」
「いやあ! 言わないで!」
「83・58・85! はははは! 83・58・85だ!」
 なつきがいくら喚いても、蝶野は大喜びで復唱していた。

 ――悔しい! このままじゃ気が収まらない!
 ――こらしめてやりたーい!

 無論、そんな機会は巡って来ない。

 次はモアレ検査であった。


     **


 モアレ検査は側弯症検査とも呼ばれ、脊柱の歪みを調べるものだ。原因が明らかでなく、自覚症状がないまま進行してしまいがちだが、早期発見によって最小限に食い止められる。
 その方法は背中の撮影。
 モアレ写真法によって撮影すれば、肩の高さが左右非対称でないか、背骨がカーブしていないかが一目でわかる。
 ただし、パンツを少しだけ下げ、尾てい骨まで出さなくてはならない。
「俺がずりっと下げてやるよ」
 その下げる役を買って出るのは、言うまでもなく蝶野だ。
「別に必要ないです」
「駄目だね。従ってもらおう。内申内申」
「うぅ……」
 蝶野なら確実に、必要以上に下げるだろう。
 このままではアソコまで見られる。
 危機感に震えるなつきだが、自分の足元に蝶野が屈み、パンツの両サイドに指を引っ掛けたとき、いよいよ緊張で全身が強張った。

 ――見られる……!
 
 覚悟を決め、目を瞑る。
 と、同時だ。

「おらぁ!」

 パンツは膝まで下がっていた。

 ――カァァァァ!

 と、今まで以上に染まり上がって、頭が真っ白になったなつきは、動いてはいけないことなど忘れ、思わずアソコを両手で覆い隠していた。
「こら! 気をつけだ!」
「そんなこと言ったって!」
「気をつけ!」
「くぅぅぅう……!」
 涙ながらに両手をどけると、毛の生え揃った大切な部分が、よりにもよって蝶野のような男の視線に晒される。
「ぎゃははは! 生えてやがる! まあ当然だな。しっかし、割れ目もいい具合に見えてて悪くねえ! そそるじゃねえか!」
 なつきの全てを拝んだ蝶野は、勝利を我が手に得たとばかりに満足げになっていた。

 ――このエロ教師! 変態野郎!


     **


 その翌日から、蝶野は貴澄夏生の顔を見るたび、ニヤっと歪んだ笑顔を浮かべ、高慢に敗者を見下す調子に乗り切ったそのものの表情を向けていた。

「83・58・85」

 廊下ですれ違うたび、スリーサイズを唱えていった。

「フサフサ」

 アソコを見たと、思い出させる単語を呟いた。

「お、今日も白パンツか?」

 セクハラのような挨拶まで飛ばしていた。


 ――なんてセクハラ教師だ!
 ――あんな先生大っ嫌いだよ!




目次に戻る

inserted by FC2 system