キスの練習を致しましょう(リコ×マキ)

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 生徒会室でのこと。
 恋愛研究のために生徒会に引き入れられ、なし崩し的にその部屋に通うことになった倉橋莉子だが、今日ばかりは顔をしかめた。
 いや、真木夏緒はいつでもどうかしているのだが……。
「リコって確か、もうキスの練習なんて必要ないほどなんでしたよね?」
「ん、んまぁ……。そうだけど」
 それが見栄っ張りとは言い出せずに、リコは頷く。
 するとだ。

「でしたら、私とキスの練習をして下さい!」

 マキは強引に迫って顔を押し寄せてきた。無理矢理だ。
マキが無理矢理唇を奪いにきた!
「やめんか! でい!」
 リコは思わず頭突きをかましてしまう。
手を繋ぐ練習程度ならいざ知らず(もっとも指を砕かれかけたばかりだが)、いきなりキスとはハードルが高いにもほどがある。マキは本当に頭がいいのだろうか。
 打撃を受けた夏緒は部屋の隅にうずくまり、鼻を押さえながら痛みに震えた。
「お、おいっ。大丈夫か?」
 さすがにやりすぎたか。
 肩に手をかけながらリコはうずくまったマキの様子を覗こうとする。
「うぅ……リコぉ……」
 すぐさまリコは仰天した。
「うぉっ、グロ! 怖っ!」
 泣き目になったマキは鼻血をだらりと流し、垂らした鮮血で両手を赤く染めている。出血の元が鼻であるという点を覗けば、ホラー映画のワンシーンといっても通じるほどの演出効果を極めていた。
「確実にやばいって! さっさとこれで拭け!」
 取り出したポケットティッシュを強引に押し付ける。幸いすぐに血は止まり、お手洗いで両手を洗ってすぐに元の綺麗なマキに戻った。
「ふぅ……。あのまま失血してしまうかと思いましたわ」
「わ、ワリィな」
「いえ、私もいきなりキスだなんて言ってしまって……。でも、それはリコさんだから頼めたことなんですよ?」
「な、何っ?」
 不覚にもドキっとして、リコは自分の胸元を押さえる。
 自分はそんなに信用されているというのだろうか。
「だって、リコは格好いいし素敵だし、それにダッキーくんで練習するだけでは駄目だと思いましたの。本物の唇じゃないと練習になりません!」
「練習じゃねーよ! 本番っつーんだよそれは! そんな事にファーストキスを使ってどうする!」
「あっ……」
「今気づいたのか!」
 なんというアホか。これではいつか、どこの馬の骨とも知らん男に騙されかねない。騙されて体だけ楽しまれ、悲しい思いをするのはこの子なのだ。
「リコぉ――」
 マキが甘えた声で肩を摺り合わせてくる。
「ん。なんだよ」
「えいっ」
 次の瞬間抱き倒され、ソファの上に押し倒された。
「おい、今度は何だ?」
「ハグの練習です!」
「ハグだぁ?」
「はい! キスが駄目なら抱き合いましょう!」
「ったく、しょうがねーな」
 唇よりは遥かにマシだろう。マキの思いつきに付き合って、リコはそっと抱き返す。マキの背筋を撫で、背中にかかったさらさらの髪に指を通した。
「どうですか? リコ」
「どうって?」
「ドキドキしますか?」
「あー。そうだな、この密着度だもんな」
 マキの胸が、脚が、自分の体に当たってくる。彼女の体がこんなにもすぐ近くにあるのかと思うと、確かに心臓が高鳴ってくる。どんな反応をするのか思わず興味がわいて、リコはうなじに指を這わせた。
「ひゃん!」
 マキは喘いだ。
「お? ここがいいのか?」
 不覚にも男の気持ちがわかってしまう。
 リコは面白がってうなじをくすぎり、ねちっこい指の動きで耳にも触れる。マキはみるみる息を乱して、熱の篭った淫らな吐息を出し始めた。
「駄目ぇ……リコのエッチぃ……」
「おいおい、いくらなんでもそりゃねーだろ。また余計な芝居でもしてんじゃないのか?」
 マキが本当に高ぶっていることにも気づかず、リコはそのうなじと耳を愛撫し続け……。
「私、もう駄目です!」
 次の瞬間だった。
「んぐぅ!」
 マキが唇を重ねてきた。
 ――ちょっ! こいつ何してんだ!
 リコは驚き、マキを押しのけようともがきあぐねるが、マキは癒着したかのように離れない。首後ろに回された腕の締め付けに、苦しいほどの密着でリコは唇を貪られた。
 気でも狂ったのか。
 まさか本当に、本当にファーストキスが練習という名の本番で……。
「は! わ、わ、わわっ、わた――私はなんてことを!」
 ふと我に帰ったマキは慌てふためき、生徒会室を駆け去っていった。

 それから、翌日。
「昨日は申し訳ありませんでした!」
 生徒会室に顔を出すなり、マキは深々と頭を下げてきた。マキも色々と冷静ではなかったのだろう。ひょっとして、あの愛撫が効きすぎたのかとリコは思いかける。
「まあさすがに驚いた。ったく、初めてだってのに……」
「え? 初めて?」
 リコはギクっとする。
「そうそう! お前初めてだったはずだろ? 良かったのかよあんなんで」
 いけないいけない、見栄っ張りが露呈してしまうところだった。 
「……良くない、はずなんですけどね。本当は」
 マキは気恥ずかしそうに顔を染め、俯きがちに言った。何だこの雰囲気は。まるで乙女が恥じらいながらも自分の気持ちを口にしようとしているような、そういうノリではないか。
「リコだから、別に平気かなって」
 なんて事をいうのだろう。女の子同士だというのに、マキは本当にそれで良かったとでもいうのだろうか。嬉しかったとでも言うつもりか。
 しかし……。
 マキが喜んだのだとしたら、悪い気はしない。
 リコもそんな自分に気づいてしまった。
「おいマキ」
「はい」
「しょーがねーから、もう一回練習すんぞ?」
 リコはソファにバッグを投げ、マキへ詰め寄る。
「え? でも、リコは良かったのですか? だって私はいきなり……」
「良いも何も、しちまったもんはしょーがねーだろ? こうなったら一回も二回も変わんねーし、練習しちまおうぜ」
「本当ですか?」
「ああ、キスしよう」

     *

 マキがそっと目を閉じて、首をやや上に傾ける。
 ただじっと、唇が重なるのを待つその顔にリコは口を近づけて、そっと唇を触れ合わせる。自分の唇にマキのぷっくりとした柔らかさが伝わってきた瞬間、思わず自分の顔を引っ込めそうなほどに心臓が跳ね上がった。
(そういや、本当は私だって初めてだったからな……。さすがに緊張する)
 胸が激しく動悸して、体内からの自分自身の鼓動が聞こえてくる。自分がどれほど緊張で固まってしまっているか、それが嫌というほど伝わった。
(けどマキの中では私は恋愛の達人なんだ。ここまで来たら、しっかりやんなきゃ)
 リコは肩を抱きすくめるようにして、マキの唇に激しく圧力を与えた。強く重ね合わせて舌を突き出し、マキの口を頬張って、口内への侵入を試みる。
「んっ、んん……」
 マキは甘い息を漏らしていた。リコの背中を抱き返し、制服を鷲掴みにして、より肌を感じ合おうと密着してくる。唇を開き、リコの舌を受け入れた。
(マキん中、温かいな)
 ここまでするのは正真正銘の初めてだったが、それでも口内粘膜を掻きまわして、リコは舌を舐めまわす。マキもそれに応えるようにして、リコに舌を絡め返した。
 互いの舌がねっとりと絡み、唾液が舌に滲んでいく。時に唇の間に糸が引き、ちょっとした息継ぎからすぐに舌を絡ませ合う。目の前の相手の味を確かめるかのように、二人は夢中で貪りあった。
(これがキス、ってやつか)
 温かくて、安心する。
 相手を大事にしたくなる。
 このキスの最中、リコの中には激しくも初々しいマキに対する感情が芽生え出し、それが切なく胸で疼いていた。
「マキ、今度はさ……」
 リコはゆっくり、そして勇気を振り絞る。
「恋人の練習でもしないか?」
 ほとんと緊張に上ずった声。
 本当ならば恋愛の達人を疑われてもいいほど、リコは告白に緊張しきっていたが、衝撃を受けたマキにそんな事に気づく余裕はない。
「こ、恋人!? 恋人ですか!?」
「そーだよ。嫌か?」
「いえ、とんでもありませんわ! だって私その……。私だって! 私だってずっとリコに憧れていましたから!」
「そ、それじゃあ――」
「はい! 恋人にならせて下さい!」
 マキの中から、リコが確かに口にしたはずの「練習」という言葉が除かれていた。もちろん気づかないリコではなかったが、あえて訂正しようなどとは思わない。むしろ、そういうのも悪くないと感じていた。
「それじゃあ、よろしくな? マキ」
「はい。よろしくお願いします」
 二人はそして、再び唇を重ね合う。
 今度は優しく唇を触れ合わせ、長く長く重ね続けた。お互いを確かめ合うように、ただずっと重ね続けていた。 




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