風鳴翼 入院中の羞恥


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「防人の生き様、覚悟を見せてあげるッ! あなたの胸に焼き付けなさいッ!」

 立花響の前で見せた絶唱により、敵装者を撤退に追い込んだ風鳴翼は、その大きな負荷を受けて入院を余儀なくされた。
 翼が運び込まれた二課医療施設は、表向きは総合病院の体裁を取っている。私立リティアン音楽院高等科に隣接しており、戦場で傷ついたシンフォギア装者を治療する以外にも、ノイズによる負傷者や死亡者についのデータを収集している研究機関としての側面も持つ。
 一命を取り留めたはいいものの、意識を取り戻した後も、しばらくは自分では起き上がることすらできない日が続いた。
 ベッドから天井を見上げるばかりの生活上、風呂やトイレの行き来も自由にならない。
(奪われたネフシュタンも取り返せず、これはとんだ生き恥だ)
 今の翼は薄い検査着を着ているだけで、簡単にはだけてしまうような衣服の中身は、医師らによって用意されたブラジャーとオムツのみである。心もとない格好もそうだが、性器に挿入された導尿カテーテルが、ベッド下にある尿入れ袋に繋がっている。
 動けない患者への措置だ。
 まあそういうものだろうと理解も納得もしているが、女子には辛いというのは変わらない。
 何よりの屈辱は身体の清掃だ。
「おはようございます。風鳴さん」
 朝、中年の看護婦が現れる。
 いつもは彼女が、翼の身体をタオルで拭くのだが、今日に限っては若手の男性看護師を引き連れていた。
「そちらの方は……」
「あら、言っていなかったかしら? 最近こちらに配属になったんだけど、彼はまだまだ看護経験が足りないから、ここで実践経験を積んじゃおうってわけ」
「は、はあ……」
 声にも顔にも出さないが、翼は心中穏やかではいられない。
 風呂に入れないからタオルで拭くのだ。当然のように裸になり、乳房や尻といった部分にも手が回る。
 それを男が……。
 そう考えるだけでも、翼の頬は既に朱色に染まりつつあった。
「というわけで、私がここで見ているから、手際良くやってみせて頂戴」
 看護婦の指示を受け、男性看護師は翼の検査着に手をかける。
 ただ紐を解き、左右にはだけるだけで、簡単に人を裸にできる構造だ。簡素な白い下着姿は簡単にあらわとなり、隙間を通して導尿カテーテルを挟んだオムツ姿も見えている。肌を出すだけでも恥ずかしいのに、人の手で脱がせてもらうというのは、まるで幼児が母親からされるような世話をこの歳で受けている気持ちがしてならない。
 ブラジャーを取られる以上に、オムツを取ってもらうことが苦痛だった。
 動けない患者への措置――わかる。頭では十分にわかる。
 しかし、オムツは赤ちゃんが穿くものという概念を誰しもが抱いている。翼自身も、もしかしたら看護婦や男性看護師も、本当は赤ちゃんのものなのだと思いながら、今の翼の姿を拝んでいるのかもしれない。
 排便付きのそれを取り上げられる苦痛に耐え忍び……。
 丸裸にされるまで、そう時間はかからなかった。
「いい? いくら患者さんが綺麗でも、見蕩れちゃ駄目よ?」
「わかってますって」
 人の裸をネタにして、冗談めかした表情を浮かべる看護婦の方が、よほど言葉によって翼を辱める。
 しかし、触れてくるのは男の指だ。
 まずは顔から、温かい濡れタオルでオデコや頬を綺麗にする。顎や首元から、肩に二の腕に鎖骨といった部位が終われば、次のターゲットは乳房となる。
(とんだ恥だ……)
 乳肌を拭くタオルの感触に歯噛みして、ひたすら顔を横向きに背ける翼は、どうするでもなく恥ずかしい時間を去るまで待つ。
 ただ、そうするしかない。
 これは看護的な『措置』なのであり、患者を辱める目的はない。不衛生では体に悪いのだから、一人で風呂に入れるまでは仕方がない。せいぜい、一日でも早く動けるように回復するのを祈るだけだ。
(この身が剣なら、手入れを受けていると思えばいい)
 そう考えることで、翼はこの羞恥に耐えていた。
 タオル越しの指で乳輪をなぞり、乳首まで綺麗にしてくる男性看護師が、腰のくびれや太ももまで拭いている。
 うつ伏せになる際は、二人がかりの補助を受け、やっとのことでひっくり返り、背中もタオルで拭かれていった。
 当然、お尻も……。
(くぅ……ッ!)
 顔を枕に埋め込みながら、尻肌に乗るタオルの熱気を感じ取り、さらにタオル越しの男の手でさえ如実に感じ、撫でるように拭かれていた。
 一人でトイレに行けないお尻の汚さなど想像もしたくない。
 ならば自分で拭きますと申し出るほど、身動きが取れるだけ回復しているかといえば、していないからこんな世話をされている。そんな口が利けるだけ体力が戻っていれば、一体どんなに良いかと無念でならない。
 だから、もうタオルによって撫でられているより他はない。
 次は仰向けに戻った。
 陰部を洗いやすいようにするため、脚を大胆にM字に開き、アソコがよく見えるポーズを披露するのだ。どう考えても乙女がやるべきではない格好にさせられて、その両脚とも看護婦の手で押さえつけられている。
(……なんという生き恥かッ!)
 無念のままに秘所に視線を浴びているしかない。
 お尻の下にシートを敷き、ボトル入りの適温の湯をかけていくことで、陰部を少しずつ綺麗にしていく。ガーゼにお湯を染み込ませ、外側は石鹸を泡立てて洗ったが、中身はお湯をかけるだけで汚れを流す。
 きちんと綺麗になっていることを確かめるための視線が――。

 じぃぃぃぃぃぃぃぃ…………

 よく膣口を覗いた上で、ガーゼの面を変えながら、実に丁寧に拭き取っている。
「陰部が終わったら肛門部よ?」
「わかってますって」
 今度は尻の割れ目へと、新しいガーゼの指が入り込む。
(くッ、この体が十全になれば、こんな思いはしなくて済む……ッ!)
 お尻の穴まで触れられている事実に、翼はすっかり耳まで染め上げていた。
「もう少しですからねー」
 放射状の窄まりに沿って、皺の隙間まで綺麗にしようと、中心から外側に沿って一本ずつ丁寧に拭いていく。円を描く拭き方で、さらに皺の周りを綺麗にすると、その清潔具合を確認するため、顔がぐっと接近した。

 じぃぃぃぃ……

 肛門に浴びる視線により、水が沸点に達する静かな泡立ちのように、翼の頭はしだいにふつふつと煮え滾り、存在しない蒸気が上がるほどに熱い赤面となっていく。
(それでも恥ずかしいッ! 防人の私がこんなッ!)
 まだ汚れが気になったのか。
 再度、ガーゼ越しの指が伸びてきて、尻の穴をツンツンつつく。
(うう……ッ!)
「はい。終わりですよー」
 その後はまたオムツを穿かされ、惨めな姿で検査着を羽織ることになる。
 早く良くなりたい。
 翼の思いはとてもとても切実だった。

     **

 一人で歩けるまでに回復しても、まだ十全とは言い切れない。
 数々の検診を受け、経過を確かめるのは当然だが、分娩台で股を開いて性器を視触診されるなど、恥じらいある女子の心を深く抉り取るようなものである。
(やっぱり、恥ずかしいものね)
 どこか諦めきった気持ちで、指で大きく開かれた肉ヒダに視線を浴びた。
 今、翼の下半身は、婦人科にあるようなカーテンに仕切られ、その向こう側で医師が粘膜を視診している。

 じぃぃぃぃぃ……

 相手の姿が見えないからこそ、気配に敏感になった素肌が、如実なまでに視線を感じ取っている。一体何センチの距離まで顔が近づき、膣粘膜のどんな部位を見ているのか。どれほど膣口を覗いているのか。必要以上によくわかった。
 そして、自覚していた。
 自分が濡れていることを……。
(こんなはしたない……ッ!)
 例えば愛する異性とのセックスなら、むしろ濡れて当然だろう。
 しかし、医療に過ぎない中で、少しでも愛液が滲み出るのは、まるで自分がいやらしい反応をアピールしてしまっているようで心もとない。
(バレていなければいいけど――)
 診察で濡れたと医師に伝われば、一体どんな目で見られることか。
 だが、ムズムズとした甘い痺れは止まってくれない。
「入れますからね」
 一言の断りから、すぐに指が挿入された。
(んっ、くぅぅ……)
 指という異物が、膣壁の狭間に入り込む。もう片方の手で腹を押さえ、触診として中身を探る手つきには、愛撫のようないやらしさこそないものの、翼の頬を染め上げるには十分すぎるほどだった。
 指が抜かれる瞬間だ。
「んっ、ふぁ…………」
 声が出てしまった。
 ――まずい!
 バレただろうか。感じたことに気づかれただろうか。
「大丈夫ですよ。よくあることですから」
(気づかれている……!)
 もう頭が沸騰した。
 アソコを布か何かで拭き取っているのは、きっと愛液を拭っているからだ。
(くッ! こんなところで死にたくなるとはッ!)
 そんな場所を拭いてもらうというのも、それが濡れたからだというのも、何もかもが恥ずかしくてたまらない。

     **

 さらに翼を恥らわせるのは肛門の検査である。
 四つん這いのポーズで腰を突き出し、胸や頭は下につけ、尻だけを高らかに掲げる卑猥極まりない姿勢を要求されたのだ。
「こちらをご覧下さい」
 一人の研究者がモニターを操作すると、巨大画面にはお尻の穴が投射される。
「そして、右側が現在の肛門の状態です」
 つまるところ、絶唱による負荷のかかった初期状態と、治療の進んだ現在のお尻の穴の画面上に並べて比較している。過去の肛門は画像だが、現在の肛門に関しては、まさに翼の後ろに三脚カメラを立てたリアルタイム映像である。
 何人も何人も、数々の男の視線が、お尻の穴を眺めているのだ。
「各種内臓から直腸にも負担がかかっていたことで、肛門の状態もご覧のように荒れが見受けられましたが、現在ではこのように綺麗なものとなっています」
 という切り出しから始め、その研究者は学術的な見解を長々と述べている。まるで教材を元にした大学の講義か何かだ。
 教材として扱われることもそうだが、この十分以上かかる講義の最中、翼はずっと尻を突き出したままでいることを強いられていた。
「では風鳴さん。お尻の穴に力を入れてみて下さい」
(何故そんなことを……)
 しかし、研究に協力するのも役目だ。
 枕に埋め込んだ顔から、密かに涙を零しながら――

 ――きゅぅっ、

 自分の肛門など見たくもない。
 だから翼自身にはわからないが、画面映像の中にあるお尻の穴は、皺の長く伸びていた状態から、まるで穴の内側に巻き込むように小さく窄まり、尻山の筋肉が内側へ閉じようとする動きと共に収縮した。
 こんなことから何か学術的な説明ができるらしく、これを題材に講義を続ける。
「というわけで、そのまま力を出し入れして下さい」
 どれだけ恥を晒せばいいのだろう。

 ――きゅぅっ、きゅぅっ、きゅぅっ、きゅぅっ、きゅぅっ、

 小さな窄まりとなる肛門は、力を抜くと同時に瞬間的に、元の形に戻ろうとする力によって放射状の皺を伸ばしている。

 ――きゅぅっ、きゅぅっ、きゅぅっ、きゅぅっ、きゅぅっ、
 ――きゅぅっ、きゅぅっ、きゅぅっ、きゅぅっ、きゅぅっ、

 絶えず動き続ける尻の筋肉のため、お尻全体がプルプルと、ゼリーを細やかに振動させているかのような揺れを披露している。その中央でお尻の穴は、脈拍を打つようなリズムで淡々と力の出し入れを繰り返した。
「ご覧下さい」
 研究者が、軽い力でペチペチと、翼のお尻を叩いていた。
 それは自慢の愛車を誇るような、あるいは可愛い孫を見せびらかしたいような、自信があって仕方のない教材を披露する気持ちから、研究者自身も気づかないうちにさりげなく叩いたわけである。
 どんなに本人に悪気がなくても、翼にはたまったものではない。
(……叩かれたッ!)
 翼はますます涙ぐんだ。
(早く戦場へ戻りたい……ッ!)
 その思いの切実さは、もはや雲を貫いてもおかしくないほど、この場で一気に高められていくのであった。




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