第1話「身長計」


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 身長計に背中を貼り付け、緊張で強張りながら直立して背筋を伸ばす。検査を担当する男は後ろから須藤麗奈の肩に手を置いて、二の腕を撫でるようにして姿勢を調整。真っ直ぐになるように、手で促してきた。
 その手の感触で、胸の鼓動が大きくなる。
 ただ身長を測るだけなら、こんなに緊張はしないのだが……。

 麗奈はパンツ一枚だった。

 規律の尊寿に厳しい麗奈の学校では、違反者には厳正な罰を与える校風がある。
 といっても、普通にしている分には問題ない。規律を守れといっても遅刻やサボりに厳しいだけで、染髪やアクセサリーが許可されているほど、普段は自由が多い。ただ、違反者には厳しかった。
 この学校は生徒に多くの自由を与える変わりに、それ以外の規則正しい生活を――遅刻やサボりのない生活を『守らせる』ことに力を入れ、その結果がパンツ一枚だと言われている。決まりをきちんと守るように躾ける一環として、身体測定の時は脱がせようという理屈らしい。
 この日に限って、いつもの高校らしいざわざわした雰囲気はどこにもなく、まるで軍国主義のように、空気は張り詰めたものになっていた。
 だからこそ、ただ身長計で背中を伸ばすだけでも緊張した。
 男性教師が何人も立ち会って、厳格な眼差しで見てくるのだ。
 検査を担当するのも、記録の記入を行うのも、人員は全て男性だけで統一されている。そればかりか、クラスの男の子達さえも、女子がパンツ一枚にも関わらず服を着て、麗奈を静かに見守っている。
 乳房なんて、見られ放題だ。
 パンツの柄もチェックされていることだろう。
 麗奈はクラスでも随一のスタイルを誇っていて、視線の集中はほぼ必至だ。胸は大きすぎず小さすぎない。芸術品とも言えるほどの見事な肌の質感で、決め細やかに蛍光灯を反射する。絶妙な丸みをもった美乳からは乳首がポツンと突起して、硬くなっていることがよくわかる。
 パンツは黒だ。
 股間を覆う部分には蝶の刺繍が施され、同じ黒でも蝶の部分はその周りよりも色が濃い。生地全体としては、どちらかといえば黒に近いグレーという方が正確な色合いとも言えた。
 白やベージュのような地味めのものは禁止され、なるべく何らかの柄ものを履くように言われている。恥ずかしさへの対策などせず、きちんと耐えて、心を強くしろということだ。違反者は放課後までパンツを没収されるので、破る女の子は誰もいない。
「百六十八センチ」
 頭に触れるバーから数値が読まれ、それがボールペンで書き込まれる。その際のペンが紙を引っ掻く音が聞こえるほど、静かな空気が漂っていた。
 騒ごうものなら、すぐに教師が怒鳴るからだ。
 女子をからかうのは当然の事、私語を囁くのももっての他。男子はしっかり女子を見て、その上で欲求を堪えて精神を強くしろ、というわけだ。そんな発想が根拠になっているおかげもあって、男子の中にはニヤける生徒は一人もいない。心の中はわからないが、顔に出せばそれを教師に指摘され、怒られる。格好悪い叱られ方などしたくない男子達は、懸命に頬を強張らせ、真面目な表情を作り込んでいた。
 麗奈も、過剰に恥ずかしがるような真似はしなかった。
 抵抗したり、しゃがみこむような事でもすれば、それこそ指導の対象にされるからだ。それで精神が鍛えられるなど麗奈には信じられないが、学校による方針ではどうにもならない。ただ従い、全ての検査測定が終わるのをただ待つだけだった。

 この日ばかりは世界が違うが、普段のこの学校はこうじゃない。
 一度遅刻でもすれば厳しくされるのはその通りだが、正しい生活さえしていれば、休み時間にゲームをしても怒られない。ピアスを付けている生徒がいたり、染髪する子も大勢いる。ともすればルーズな学校にさえ見えるほど、いつもは自由な校風なのだ。
 例えば麗奈はハーモニカが好きで、昼休みになると外のベンチに座り込み、誰に聞かせるでもなくひっそりと演奏している。足組みして一人佇み、優雅に音色を響かせるのが趣味だった。
「ほう? 格好いいじゃないか」
 たまたま通りかかった担任は、まず音色を褒めてくれた。首からネックレスを下げていたり、髑髏の指輪を嵌めていたが、それらは一切触れられない。そんなものへの注意はまるでなく、ただハーモニカの音色だけに関心を持ったのだ。
「亡き父の形見です」
 その時、麗奈は気まぐれに身の上を語った。
「そうか。大事なものなんだな」
「音色を奏でれば過去に帰れる。父の顔は何度でもまぶたの裏に」
 麗奈はゆっくり目を瞑る。
「なるほど、思い出の曲の演奏か」
「父を亡くした時、私は葬送の曲を奏でました。魂の無事を祈った音色を響かせ、見送った」
 墓石の前でハーモニカを吹いたのは中学二年生の時だったが、あれからもう二年が経ってしまった。父に今の上達した演奏を聴かせられないのが悔やまれる。
「娘がそれだけ父親想いだったなら、きっと幸せだっただろう」
「私は父の想いを引き継ぎ、常闇の道を進みます」
「よほど憧れの親だったんだな。同じ職業に就きたいのか、それとも心構えの話なのか。なんにせよ娘にそこまで想ってもらえるなんて羨ましい。俺にも子供がいるが、あんまり好かれていないみたいだからな」
「高潔な魂の持ち主なら、人は自然とそれに惹かれる」
「ははっ、俺も親としてはまだまだだな」
 気さくな担任だ。良い人なので嫌いではない。

 だが……。

 身体検査当日である今、その担任はいつもとは明らかに違う厳正な眼差しで、じっくりと乳房を見つめてくる。身長を測る間、担任はじっと麗奈の前に立ち続け、数値が読まれた瞬間、ようやく腕で胸を覆い隠すことが許された。
 容赦ない真剣な視姦。
 担任はまるでいつもと別人だった。




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